シグマ フルサイズ用の高倍率超望遠ズーム SIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSMの性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
新刊
レンズの概要
近年のSIGMAは、Artラインに代表される大口径単焦点レンズのイメージが定着しておりますが、昔から超望遠レンズに力を入れているメーカーでもあります。
例えば、300mm F2.8や800mm F5.6などのカメラメーカー独壇場である超望遠レンズの市場にもかつては製品を発売していました。
近年SIGMAの超望遠レンズは単焦点からズームレンズへ主力製品をシフトしており、ヒコーキや鳥、鉄道、モータースポーツ写真などの分野で人気を博しています。
今回分析するSIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSMは、高変倍率10倍を達成しながら、焦点距離600mmに至る超望遠と脅威の高仕様レンズです。
一般に焦点距離400mmを越える仕様を「超望遠」と称し、そしてズーム倍率が5倍を超えると「高倍率」と分類するので、このレンズはまさしく高倍率超望遠ズームレンズと呼ぶにふさわしい仕様ですね。
続いて、SIGMA高倍率超望遠ズームレンズの系譜を確認してみましょう。
- 50-500mm F4.5-6.3 EX DG HSM(2005)16群20枚
- 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM(2010)16群22枚
- 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSM | Sports(2018)19群25枚当記事
- 60-600mm F4.5-6.3 DG DN OS HSM | Sports(2023)19群27枚
なお、今回は別系統といたしましたが、150-600mm F5-6.3 のラインもあり、SIGMAの焦点距離600mmに対する熱い執念を感じます。
前回の記事では、2010年に発売された二代目の高倍超望遠APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSMの分析を行いました。
APO(Apochromat:アポクロマート)の名にふさわしい軸上色収差の補正具合に息を飲みました。
今回の記事では、望遠端の焦点距離が600mmとさらに100mmも長焦点化し、一段の進歩を遂げた2018年に発売の60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSM | Sportsを分析します。
なお、SIGMAは2013年よりArt (高性能)、Contemporary (バランス型)、Sports (高機動)の名称でレンズを分類しており、当レンズは「Sports」に位置付けされています。
文献調査
見た目に特徴的なレンズですから調査しますと簡単にわかります。特開2020-020948の実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がSIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSMの光路図になります。
本レンズは、ズームレンズのため各種特性を広角端と望遠端で左右に並べ表記しております。
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mmの状態、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mmの状態です。
英語では広角レンズを「Wide angle lens」と表記するため、当ブログの図ではズームの広角端をWide(ワイド)と表記しています。
一方の望遠レンズは「Telephoto lens」と表記するため、ズームの望遠端をTele(テレ)と表記します。
さらに、当ブログが独自開発し無料配布しておりますレンズ図描画アプリ「drawLens」を使い、構造をさらにわかりやすく描画してみましょう。
レンズの構成は19群25枚、黄色で示すレンズは望遠レンズにおいて補正が困難である軸上色収差に効果的な特殊低分散材料ELD(SpecialLowDispersion)ガラスで、非常に大口径な第2レンズに搭載されています。
また、紫色としているレンズは、特殊結晶材である蛍石(Fluorite)にも匹敵する特性を持つ、超低分散材料FLD("F"LowDispersion)ガラスで、脅威の3枚も採用しているようです。
下図は、日本の大手ガラスメーカーHOYA社の光学ガラスカタログから抜粋したnd-vdマップですが、これによりSIGMAの特殊材料の位置を確認しましょう。
縦軸は光を曲げる強度である屈折率(nd)、横軸は光の色ごとの影響度である分散(vd)を示し、各点はガラスの種類を表します。
光学設計に使うガラス種は、100種ほどはあるでしょうか。
この表の左下側に追記しているのは、SIGMAが特殊材料と認定しているSLD、ELD、SLDの予測エリアで当ブログが独自に調査した情報となります。
続いて、ズーム構成について以下に図示しました。
上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。
ズーム構成を確認しますと、レンズは全6ユニット(UNIT)構成となっています。
第1ユニットは、全体として凸(正)の焦点距離(集光レンズ)の構成となっていますが、このズーム構成を凸(正)群先行型と表現します。
この凸群先行型は、望遠端の焦点距離が70mmを越えるズームレンズで多い構成です。
高倍率ズームや望遠ズームレンズは、ほとんど全て凸群先行型と見て間違いありません。
第1ユニット、第4ユニット、第5ユニット、第6ユニットが望遠端になるにつれて被写体側へ移動し、第2ユニットは反対に撮像素子側へ移動し、第3ユニットのみ固定されています。
レンズ全体の構成枚数は、先代の50-500mmレンズよりも3枚増加していますが、ズーム時に移動するユニット数は7群から6群へひとつ削減しており、より整理されているようです。
望遠ズームレンズには、第1ユニットが固定の物と飛び出す(移動する)物の2種類があります。
第1ユニットが飛び出すタイプは、広角端の状態にすると全長をとても小さくできるので、高い携帯性を求めるユーザーに人気です。
第1ユニットが固定のタイプは、堅牢性が高く、ホコリや水分の入り込みも少なく、報道機関など荒っぽい現場では好まれるようですね。
第3ユニットには、OS(Optical Stabilizer)機構を備えており、撮像素子側の3枚のレンズユニットを瞬時に移動させることで手振れを打ち消します。
手振れ補正機能は、超望遠ズームではなくてはならない機能ですね。
第6ユニットを移動させることで「ピントを合わせ」を行っており、HSM(Hyper Sonic Motor)を駆動源とすることで超高速な動作を実現しています。
縦収差
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mm、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mm
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、基準光線であるd線(黄色)は広角端も望遠端も若干マイナス側へ倒れわずかに収差は残るものの、Fno仕様を考慮すると適度なレベルに補正されています。
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、先代の50-500mmに比較すると若干収差残りが大きくなっていますが、焦点距離がより望遠側の600mmへ拡張されておりますし、後述しますが倍率色収差とのバランスを優先させた結果であろうと考えられます。
関連記事:APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、基準光線であるd線(黄色)が十分に補正されているのはもちろんですが、先代の50-500mmに比較するとg線(青)など他の波長での改善度が素晴らしいですね。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、広角端ではマイナスに倒れているので樽型、望遠端ではプラスに倒れるので糸巻き型に写ります。
歪曲収差は少し残るものの高倍かつ超望遠のズームレンズとしてはかなり優秀なレベルです。
倍率色収差
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mm、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mm
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、先代の50-500mmに比較すると広角端も望遠端も供に半減程度と激減させており、一昔前の単焦点なども凌ぐレベルに補正されています。
超望遠の60-600mmズームレンズとは思えないレベルですね。
先代に比較すると、画面中心域での色収差の指標である軸上色収差はわずかに増加しているものの、画面周辺域の色収差を示す倍率色収差とのバランスを熟考したうえでの決定であろうと推測されます。
横収差
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mm、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mm
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。
左列タンジェンシャル方向は、広角端も望遠端も供に倍率色収差が激減したことで特にg線(青)やC線(赤)でのコマ収差(非対称成分)が減少しています。
右列サジタル方向は、すでにもう十分に補正されています。
新発売
スポットダイアグラム
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mm、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mm
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
Fnoが4.0を超えて暗いレンズはピントの合う距離(深度)が深くなるため、ディフォーカス量(グラフ横方向)を±0.4mmと通常設定の4倍としてるのでご注意ください。
先代の50-500mmは、スポット自体はまとまっているものの、右側の望遠端でのg線(青)とC線(赤)の位置ズレが少々目立ち、倍率色収差影響が見られましたが、大きく改善しています。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
広角端も望遠端も供に見事な補正であることがよくわかりますね。
MTF
左図(青字WIDE)は広角端で焦点距離60mm、右図(赤字TELE)は望遠端で焦点距離600mm
開放絞りWIDE F4.5 / TELE F6.3
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
Fnoが4.0を超えて暗いレンズはピントの合う距離(深度)が深くなるため、ディフォーカス量(グラフ横方向)を±0.4mmと通常設定の4倍としてるのでご注意ください。
開放絞りでのMTF特性図でのグラフを見ると、画面の周辺部の特性示す黄色線や赤線の山までも高さが向上し、位置の一致度も改善しています。
恐ろしい事に、600mmの超望遠でありがら、実用上はもう十分なレベルに達していますね。
小絞りF8.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
良いレンズの特徴で、開放から性能が高いため、絞り込んでも「良い意味でこれ以上改善しない」ようですね。
総評
SIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSMは、60-600mmという驚異の長焦点距離仕様を実現しながら、先代の性能をはるかに凌駕する性能を備えた、ある意味で完璧なレンズですね。
光学ファインダーを備えた一眼レフカメラにはミラーレス一眼には代えがたい使い勝手がありますし、このレンズのような一眼レフ用レンズならばマウントアダプタを利用すれば最新のミラーレス一眼にも転用できます。
これからも資産として生きるレンズですから、価格の落ち着いた今、改めてご購入を検討されてはいかがでしょうか?
当然の事ながら、レンズの重量に関してはご自身の足腰とよくご相談ください…
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
作例・サンプルギャラリー
SIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSMの作例集は準備中です。
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製品仕様表
製品仕様一覧表 SIGMA 60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSM
画角 | 39.6-4.1度 |
レンズ構成 | 19群25枚 |
最小絞り | F22-32 |
最短撮影距離 | 0.6-2.6m |
フィルタ径 | 105mm |
全長 | 268.9mm |
最大径 | 120.4mm |
重量 | 2700g |
発売日 | 2018年10月26日 |