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歴史的レンズ解説 Ernemann Ernostar(エルノスター) 【世界レンズ遺産】第003話

19世紀後半から写真技術の発展と供に急激な進化を遂げた光学技術により、この世界に多種多様なレンズが生み出されてきました。

有名無名の光学設計者達が、その人生を捧げ研鑽したレンズに改めて光を当て、その輝きを顧みるのが連載「世界レンズ遺産」シリーズです。

本日も光学設計のプロ「高山仁」がご案内いたします。

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本日のレンズ

さて、本日ご紹介するレンズは、Ernemann Ernostar(エルネマン エルノスター)です。

Ernemann社は、1880年創業のドイツのカメラメーカーでしたが、後に世界最高の光学機器メーカーCarl Zeiss(カールツァイス)財団と合弁し、そのカメラ部門であるZeiss Ikon(ツァイスイコン)の礎を築いた会社です。

Zeiss Ikonは1970年代にはカメラから撤退しますが、Ernemannは業態を変えて存在しているようです。

このErnemannの銘レンズErnostar(エルノスター)は、ブランド名に相当しいくつかの仕様形態が存在します。

Ernostarの製品仕様としては、焦点距離が100mm程度の中望遠から、50mm程度の標準域のレンズとしてカメラに搭載されました。

Fnoも当時としては、かなり明るいF2.0~1.8ほどでした。

このレンズを設計したのはKlughardtと、若き日のLudwig Jakob Bertele(通称:ベルテレ博士)でした。

ベルテレ博士は、Ernostarの後にも銘レンズと名高い大口径標準レンズSonnar(ゾナー)や、超広角レンズBiogon(ビオゴン)を生み出した天才設計者ですね。

Ernostarを設計した時期のベルテレ博士は、まだ20代の若さでしたが次々と独創的なレンズを発案してゆきます。

文献

Ernostarは、現在(2024)から100年以上前となる1921年、最も簡素で基本的な4群4枚タイプの特許が出願されています。

こちらが最初期のErnostarに関する特許文献の最初のページになります。

最初の出願はドイツで行われており、後にイギリスで出願されたものが電子ファイル化されEUの特許システムに保存されていました。

およそ100年前の書類が、遠い他国から簡単にしかも無料で見れるのですから良い時代ですね。

この文献には初期の最も簡素な4群4枚タイプのErnostar型光学系が記載されています。


Ernostarの最初期の特許文献(英国版)には、発明者の個人名が記載されていませんでしたが、後に多数出願されている改良型Ernostarの特許文献にはベルテレ博士のお名前があります。

こちらが後期の改良型Ernostar出願文献の一部です。

こちらの文献はベルテレ博士が後期に設計されたと思われるErnostar型で、米国出願時の特許US1708863が電子化されて残っておりました。

赤字の箇所にお名前が見えますね。

今回はErnostar型光学系から最初期の4群4枚構成と4群6枚構成の2種類を見てみましょう。

レンズの概要

まずは、最初期の文献に記載された実施例の図から確認してみましょう。

初出のErnostarは、100mm F2.0の仕様であることが各種文献に記載されています。

確かにこの最初期の文献のデータを再現すると焦点距離は100mmでFnoはF2.0であると記載されています。

この時の撮像素子のサイズは明記されていませんでしたが、半画角12度から逆算すると35mm版に近いフィルムサイズを想定していたようです。

 ※単純計算で、35mm版で焦点距離100mmとなる半画角は12.2度に相当。

レンズの構成は4群4枚で、現代の中望遠レンズにも繋がる爽やかな面影を感じますね。


続いて後期の作を確認してみましょう。

こちらは特許文献に記載された実施例は4群6枚構成、焦点距離100mm F1.8の仕様です。

光学系は全体(焦点距離)を比例倍すると、収差性能も比例の関係になる特性から、特許文献には焦点距離を1とか100とかに正規化する習わしがあるので、焦点距離100mmと書かれても鵜呑みにはできません。

そんな時は画角の情報から、焦点距離を推測します。

文献にはこの光学系は、半画角40度から50度に適すると記載がありますが、明確な数値までは定義されていませんでした。

推測すると、半画角が約47度ならば35mm換算で焦点距離50mmに相当します。

するとこのレンズは、標準域の焦点距離のレンズと推定され、おそらく50mm F1.8用だったのではないでしょうか?

この力強い3枚接合レンズを配置した後期Ernostar光学系は、ベルテレ博士自身が設計した標準大口径の銘レンズSonnar(ゾナー)型の光学系に繋がります。

Sonnar型の光学系に関しては別の記事でまとめておりますので下記のリンクよりご覧ください。

 関連記事:歴史的銘玉 CarlZeiss Sonnar 50mm F1.5

検証

特許文献に記載された実施例から再現してみましょう。

光路図

初期 4群4枚構成

初期Ernostar4群4枚構成 100mm F2.0 「流麗」そんな言葉を送りたくなる、整えられた断面図です。

第3レンズ(凹レンズ)における、「くびれ」具合がたまりませんね。

少し残念な事に、特許文献には詳細な硝子材料の特性が記載されていなかったので正確な再現ではありません。


後期 4群6枚構成

一方の後期Ernostar4群6枚構成、50mm F1.8(相当)は、「強靭」と言いたくもなるその迫力に圧倒されます。

この初期型の特許出願から、後期型の出願まで5年も経過していないのですが、どのような開発のドラマがあればこのように変化するのか、ベルテレ博士の伝記でもあると嬉しかったのですが…

この3枚接合は、コーティングの無かった時代に多い構成で、レンズと空気の接触面において発生する反射(フレア/ゴースト)を防止する工夫ですが、それと同時に強い収差補正の効果も持ち合わせているようです。

続いて後期型の収差図をご覧ください。

若干、軸上色収差が大き目であるものの、球面収差や像面湾曲は時代背景を考慮するとしっかりと良く整えられています。

色収差の補正が少々足らないのは、当時利用できた硝子材料が、まだ少なかったことが理由でしょう。

終わりに

Ernostar型の名は「エルネマンの」を意味し、レンズ業界に輝く星として一時代を築きました。

続いてベルテレ博士は「太陽」に由来するSonnarを設計し、世界的ベストセラーの標準大口径レンズを世に送り出しました。

そして後年「生命」を表すBiogonによって広角レンズの決定版を生み出します。

これは「偉業」それ以外に賞賛する言葉の見つからない天才の為せる功績です。

そして、3本のレンズ供に世界レンズ遺産に推薦したい逸品ですね。

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

以下の分析リストでは、記事索引が簡単です。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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