この記事では、ニコンのフルサイズミラーレス用の交換レンズである超大口径中望遠レンズNIKKOR Z 135mm F1.8 S Plenaの設計性能を徹底分析します。
この記事は、前後編の2部構成となっており、第1部 収差分析編はこちらのページをご参照ください。
関連記事:NIKKOR Z 135mm F1.8 S Plena 収差分析編
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
結論:Plenaは何が違うのか?
第1部にてご紹介した通り、NIKKOR Z 135mm F1.8 S は「Plena(プレナ):光に満ち溢れる世界」そんな美しい名を与えられたレンズですが、Plenaは他のレンズと何が違うのか?その由縁は何か?そんな疑問に即答することから始めましょう。
その”Plenaの違い”とは
Plenaは、一般的なレンズのおよそ2倍の光量を取得することが可能です。
これがPlenaの最大の特徴であり、その名の由縁と考えられます。
これは技術的にどういうことなのか?なぜそのような思想に至ったのか?この記事はその背景にも深く切り込んで参りたいと思います。
一般レンズの光量(明るさ)
画面の中心の光量とFno
レンズの光量(明るさ)の指標として、Fno(エフナンバー)があることは多くの方がご存じでしょう。
まず、Fnoをあらためて紹介すると、画面の中心に入る光の量(入射光束径)を焦点距離との比により表現しています。
Fnoについて、私の愛用するOLYMPUS Zuiko 50mm F1.2を使って解説します。
中心に入る光束が太いほどFnoは小さい値になります。
光束が太いというのは、入る光量が多いすなわち明るいレンズとなります。
よって、Fno値が小さいほど明るくなり、太く巨大になるため、結果として高価なレンズになりやすいんですね。
関連記事:NIKON NIKKOR Z 58mm F0.95
まずはFnoとは「画面中心の明るさ」の指標であることがご理解いただけたでしょうか。
この記事で紹介するPlenaはFnoが「F1.8」と、焦点距離のわりに小さい数値ですから超明るいレンズです。
画面の周辺の光量
画面中心の明るさ(Fno)はわかりましたが、では「画面の周辺部の明るさ」はどうなっているのでしょうか?
通常の撮影レンズは、画面の中心に比較し周辺部では光量が低下します。
まずは、その様子を一般的なレンズの光路図で確認してみましょう。
上図では、OLYMPUS Zuiko 50mm F1.2画面の中心に入射する光(赤)と、画面の周辺の像高18mm位置へ入射する光(緑)を描いています。
中心の光に対して、画面周辺の光の太さは、半分以下に見えますからあきらかに細いですね。
これは、画面周辺に入る光が、中心よりもとても少ない(暗い)ことが示されています。
これをシミュレーションで正確に数値化して確認しましょう。
上の図は、周辺光量比(vignetting)という特性値で、中心を100(基準)とした時に画面の周辺で低下する比率を数値化しています。
※あるいは周辺減光、ケラレ、口径食などいくつかの呼び方があります。
縦軸は光量で、横軸は画面の位置で左側の0は中心で、グラフの右へゆくほど画面の隅の光量を示します。
このレンズは中心(100%)に対して、周辺は約25%まで低下しています。
これはすなわち、撮影時点で光の総量の半分ほどを消失しているのです。
周辺光量の低下の仕組み
画面の周辺で発生する光量の低下の概念を説明しますと、筒状の構造物を「中心から見た場合」と「周辺から見た場合」で、筒の形が変って見える現象が大きな原因です。
この現象を改善するには、筒の前側/後側を大きく広げることが必要です。
しかし、Fnoの明るいレンズほど中心部の光の分だけですでに大きくなるわけですから、周辺の光量を多くするとさらなる大型化を招きます。
さらに、Fnoを明るくすると取り込む光の量が増えるため収差量が激増し補正が難しくなります。これに加えて周辺部も明るくすれば収差の補正は一層困難になりレンズ全系の巨大化を招くのです。
経験上、多くのレンズでは周辺部の光量は20~30%ほどになるのものが一般的で、Fnoが明るいほど光量低下の抑制が難しいものです。
なお、光量の低下について広角レンズではコサイン4乗則という別の要素も関係しますが、今回は中望遠レンズなので省略いたします。
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Plenaの光量
続いて、特許文献から再現したPlenaの光量を確認してみましょう。
レンズの構成は14群16枚で他社のレンズと比較しても非常に贅沢な構成ですね。
先ほどの一般のレンズに合わせて、画面中心の光線と画面の周辺部の像高18mmの光線を見てみましょう。
上図では、NIKON NIKKOR Z 135mm F1.8 Plenaの画面の中心に入射する光(赤)と、画面の周辺の像高18mm位置へ入射する光(緑)を描いています。
中心の光に対して、周辺の光はあまり差がありません。
光路図を見るだけで、光量低下が少ないことがわかります。
正確に光量がどうなっているのか、シミュレーションで確認してみましょう。
周辺光量比(vignetting)を確認すると、中心(100%)に対して画面の隅でも65%ほどと、非常に高い数値となっています。
このクラスの一般的な製品と比較しても2倍は超えると考えられます。
光量を2倍にすると収差量は激増し、補正は大変に困難になるものです。
この困難を巧みな収差補正技術により、衝撃的な補正を行っているのがPlenaの重大な特徴なのです。
周辺の光量増加によるメリット
光量が多いとどのようなメリットがあるのか、いくつか確認してみましょう。
まず単純な話ですと、明るいわけですから暗部のノイズが低減します。
周辺部が暗くなっていると、画像処理により補正する必要がありますが、明るくすれば当然ノイズも増してしまいます。
Fnoが1段違うと光量が2倍違うわけですから、逆に周辺部で光量が2倍のPlenaは周辺部を加味すると、一般的なF1.8レンズよりも1段明るいレンズと同程度の仕様であるとも言えるのです。(要は、実質F1.2レンズと同程度と言っても良い、ちょっと言い過ぎにはなるが)
これを黙ってF1.8のレンズとして発売するNIKONには、武士のような漢気を感じますね。
また、周辺部でのボケがやわらかになる効果も期待できます。
画面の中心部はF1.8と大口径特有のやわらかなボケ効果が得られるわけですが、周辺部で光量が半分になってしまうレンズなら周辺部はF4.0相当のボケになってしまいます。
Plenaのように多くの光量を確保し、周辺部でも明るいFnoを維持しているレンズは、より一層のやわらかな描写が期待できるわけです。
また、さらなる副次的な効果として「美しい玉ボケが作られる」そんなメリットも発生します。
玉ボケという言葉は近年よく目にする言葉ですが、これは光学的にどのような現象なのか?なぜPlenaの玉ボケが美しいのか次の章でご説明いたします。
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玉ボケとは?
「玉ボケ」という言葉は、デジタル化が進んだ2000年代からよく目にするようになった言葉です。
なんとなく知っているが、何が起きているのかはよくわからない、そんな方も多いかもしれませんね。
まずは、実例をお見せするとこのような写真の現象です。
近距離撮影した時、遠方(背景)の中にある光源(街灯など)が大きくボケる現象です。夜間のイルミネーションや森林の木漏れ日などのシーンで見かけることが多いですね。
上の写真は故意に玉ボケだけを撮影したものですが、うまく背景に使うと印象的な写真に仕上げることができる、レンズの特性を利用したテクニックのひとつですね。
この美しい玉ボケを得るには、レンズの仕様や撮影条件を下記のごとく整える必要があります。
- 焦点距離:標準~中望遠(40~150mmぐらい)
- Fnoが明るい:F1.2~F2.8ぐらい
- 撮影距離が短い:できるだけ近くで撮影する
- 背景(光源):十分遠い
図示しますと、こんなイメージです。
玉ボケの撮影は理屈的にどんな焦点距離でも可能ですが、焦点距離が広角だと玉が小さくなりますし、逆に望遠だと大きくなりすぎるので扱いづらいため標準から中望遠程度が適度です。
そして、Fnoは明るいほど(数値が小さいほど)大きな玉になるので大口径ほど自由度が高まります。
さらにピントを合わせる距離が重要で、主被写体までの距離はできるだけ近くし、背景との距離の差を大きくとることが特に肝要です。
背景にはクリスマスのイルミネーションのような、高輝度の点光源が多数あると簡単に写すことができます。
それではこの玉ボケをシミュレーションで再現し、Plenaの玉ボケが普通のレンズとどう違うのか確認してみましょう。
一般レンズの玉ボケ
さて、まずは一般的なレンズの玉ボケをシミュレーションで確認します。
モデルとしますのは、先ほどと同じ、私の愛用するOLYMPUS Zuiko 50mm F1.2です。
撮影条件は、主被写体までは1m、背景(輝点)は無限遠としました。(30mも離れれば無限遠と実質同程度です)
光路図で見る玉ボケ(一般レンズ)
光路図で画面周辺の像高18mmに入射する光線を描画すると、下図のようになります。
主被写体の1mにピントを合わせているので、周辺部にある無限遠の輝点はピントは合わないので、ずれてしまいます。
右側の図が撮像素子近傍を拡大したもので、ピント(焦点)が合わない様子がわかります。
これが玉ボケになるのですが、横断面の光路図では少しわかりづらいですね。
スポットダイアグラムで見る玉ボケ(一般レンズ)
この場合、スポットダイアグラムを見ると玉ボケの様子がよくわかります。
上図はスポットダイアグラムで表現した一般レンズの玉ボケの様子です。
画面の縦横を10等分する位置に光源を配置しシミュレーションしています。
玉ボケの形を見ると、真円なのは中央部のみで、画面の隅にいくほど急激にイビツで小さくなっていく様子がわかります。
なお、一般的なフルサイズ撮像素子は2:3の横長ですがソフト設定上、撮像素子を正方形にしかできなかったのでご了承ください。
Plenaの玉ボケ
それではPlenaの玉ボケがどうなるか確認してみましょう。
Plenaは焦点距離が長いので撮影条件を少々調整し、主被写体までは2.5m、背景(輝点)は無限遠としました。(50mも離れれば無限遠と実質同程度です)
光路図で見る玉ボケ(Plena)
光路図で画面周辺の像高18mmに入射する光線を描画すると、下図のようになります。
主被写体の1mにピントを合わせているので、周辺部にある無限遠の輝点はピントは合わないので、ずれてしまいます。
右側の図が撮像素子近傍を拡大したもので、ピント(焦点)が合わない様子がわかります。
これが玉ボケになるのですが、横断面の光路図では少しわかりづらいですね。
スポットダイアグラムで見る玉ボケ(Plena)
この場合、スポットダイアグラムを見ると玉ボケの様子がよくわかります。
上図はスポットダイアグラムで表現したPlenaの玉ボケの様子です。
画面の縦横を10等分する位置に光源を配置しシミュレーションしています。
玉ボケの形を見ると、画面の半分を越えても、だいぶまるみを維持しており、周辺までもほとんど大きさが変わりません。
なお、スポットの絶対サイズは、ピントを合わせた距離や焦点距離とFnoに依存するため、中心のスポット像を基準に周辺部での変化率に着目する必要があります。
この条件で撮影すると玉ボケが大きすぎて扱いづらいので、主被写体距離を5mぐらいにしておくのが適切だったかもしれませんね…
さて、光を損失せずしっかりと受け止めながら、収差が極めて少なく、驚異的な解像度も同時に合わせ持つPlenaの一端をご理解いただけたでしょうか?
まとめ
NIKKOR Z 135mm F1.8 S は「Plena(プレナ):光に満ち溢れる世界」と名付けられているわけですが、これは「広告代理店の薄っぺらい思いつき」で付けた名前ではありません。
Plenaは「この世界の全ての光を取りこぼさずに受け止める」これを物理的に体現することを目指して開発されたことは自明であり、実際に高い次元で実現した脅威の光学系であることがシミュレーションにより良くわかりましたね。
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また、再び第1部「収差分析編」をお読みいただくとより深く味わえるかもしれませんよ。
関連記事:NIKKOR Z 135mm F1.8 S Plena 収差分析編
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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