レンズの仕様のひとつである、Fnoについて解説します。
※Fno:エフナンバー、F値(エフチ)とも言う。
さらにFnoの違いによるレンズ大きさへの影響と、発生する収差量について光学シミュレーションを使って解説します。
Fnoとは何か
まず光路図を使い、Fnoについての基本的な概念をできるだけ簡単に説明します。
上図は、1枚の両凸レンズで構成された焦点距離50mm、Fno2.0の仕様のレンズです。
形状を説明しますと、このレンズは表面も裏面も凸形状の両凸レンズの形状と言われる形です。
凸形状のカーブ(R)は両面同じとし、側面の厚み(コバ)が1mmとなるように設定しています。
このレンズの材料はショット社のN-BK7と言う型番のガラスで、数百種が流通している光学ガラスのなかでも一般的でとても手ごろな材料です。
このレンズの径は、25mmとなり、500円玉(26.5mm)より少し小さいぐらいです。
以下、図中に記載の用語を解説します。
焦点距離
焦点距離とは「主点」と言う光学系の重心点から「焦点(結像点)」までの距離です。
1枚のレンズで両面が同じカーブの場合は、おおよそレンズの中心が主点になります。
光線径(太さ)
光線径とは撮像素子の中心に当たる光の入り口側の「口径(太さ)」を指しています。
Fno
数値計算上は、焦点距離を光線径で割ったものがFnoです。
Fno=焦点距離/光線径
Fnoの概念的なとらえ方は、焦点距離が同じレンズ同士を比較すると、レンズが「太いほど小さなFno」になり、「小さなFnoほどたくさん光が入る=明るい」となります。
※太い=口径が大きいとも言う
Fnoの事を「前玉の直径と焦点距離の割り算」と言う人がいますが、厳密には間違いです。特に広角レンズでは前玉径とFnoには関係性がありません。
そもそもなぜ明るいレンズが必要なのか?と説明します。
フィルム時代は、ISO感度が実質固定な世界ですから明るいFnoのレンズを使うことによりシャッタースピードを少しでも早める事が重視されました。
フィルムのISO感度は常用できる高感度側は400程度です。一度フィルムを装填すると撮り終わるまで変更もできません。
ISO400と言えば、日中でも屋内撮影は少々難しい感度です。そのためにわずかでもFnoを小さく、明るくすることは正義とされていました。
Fnoの小さい、明るいレンズをハイスピードレンズと呼ぶのはこの名残です。
※ISO800や1600のフィルムもあるが画質が…
Fnoの表記
Fnoはレンズの太さ(面積)に比例した数であるため√2倍の数で表現されます。これは径が√2倍異なると面積が2倍(又は半分)へ変化することを利用しています。
※面積の公式 S=円周率*半径^2
この√2倍づつの変化を段数(1段、2段…)と表現します。
※√2=1.414… の2乗すると2になる数値ですね。
Fnoの1段(√2倍)ごとの表記
暗い側←F16、F11、F8.0、F5.6、F4.0、F2.8、F2.0、F1.4、F1.0→明るい側
1段おきに並べると何か不規則に感じると思いますが、Fnoは数式で表現すると1段と表現する意味がわかりやすいでしょう。
- F1.4=√2 (=1.414…)
- F2.0=√2*√2 (=2.0…)
- F2.8=√2*√2*√2 (=2.828…)
- F4.0=√2*√2*√2*√2 (=4.0…)
- F5.6=√2*√2*√2*√2*√2 (=5.656…)
√2を順に掛けていった数値なわけです。
Fnoはどうして5.6とか半端な数値が出てくるのか不思議に思っていた方もいると思いますが、このような数値から成り立っていると見れば理解しやすいでしょう。
(そもそも√2の個数だけで表現すれば良いのではないかとも思いますが… )
なお、一般的に入手しやすい明るいレンズの上限はFno1.2となりますが、1段刻みの表記ではF1.2はありません。F1.4よりも1/3段明るいのがF1.2となります。
シミュレーションで見るFnoとレンズの大きさと収差
それでは先ほどの光路図と同様の条件で、レンズを設計するとどのような大きさで、収差量がどうなるかシミュレーションで表現してみます。
設計仕様
焦点距離50mm、Fno11~1.2、両凸形状、材料N-BK7、撮像素子はフルサイズセンサーと同じサイズ
※Fnoの端数は無し(切り捨て)としました。
変数
両面のカーブは可変(ただし両面同じ形状とする)、コバ厚は1.0mmとなるようにレンズ厚みを可変、とします。
評価
基準光線(d線)の球面収差のみ評価します。球面収差グラフの横軸スケールは±3mmとしていますが、通常の分析記事では0.5mmですから6倍に縮小表示しています。
光路図は全て同スケールで描画していますので並べて見る事が可能です。
結果
F11の光路図と球面収差 (レンズ径4.5mm)
球面収差は通常の6倍にスケールを大きくしているのでそれなりに小さく収まっているように見えます。
最初期のカメラレンズぐらいの性能でしょうか?
原理的にはピンホール(ただの穴)でも写真は写りますから1枚のレンズでもF11ならそれなりに写るでしょう。
レンズの径は4.5mmです。5円玉の穴の直径は5mmなので、それより少し小さいぐらいですね。
F8.0の光路図と球面収差 (レンズ径6.25mm)
F8と言えば昔のミラー望遠レンズを思い出すのは私だけでしょうか?
若干の球面収差が増しました。
F5.6の光路図と球面収差 (レンズ径8.9mm)
F5.6と言えばズームレンズの望遠側の開放Fnoに相当します。
球面収差がだいぶ増しました。それでもルーペなどには十分かと思います。
F4.0の光路図と球面収差 (レンズ径12.5mm)
F4と言えば、少々上のクラスのズームレンズの開放Fnoに等しいですね。
レンズ径が10mmを超え、球面収差もかなり大きいです。
F2.8の光路図と球面収差 (レンズ径17.9mm)
F2.8と言えば、フィルム時代のお手頃価格の単焦点に多かったFnoでしょうか。ズームレンズならば高級レンズの領域です。
球面収差はスケールからはみ出し始めました。
光路図で見ても光線が撮像素子位置からずれて結像しています。
F2.0の光路図と球面収差 (レンズ径25mm)
F2.0と言えば、最近のお手頃価格の単焦点のFnoとなりす。
球面収差の上端は画面からもはみ出てしまいました。
レンズの大きさは20mmを超え、500円玉ぐらいの大きさに達しています。
F1.4の光路図と球面収差 (レンズ径35.7mm)
F1.4と言えば、高級単焦点の主戦場でしょうか。
球面収差ははみ出しすぎて中間ぐらいましか見えません。
画面隅21.6mmに当たる光線(水色)においてはもうなんだかわけがわからない感じです。
F1.2の光路図と球面収差 (レンズ径41.7mm)
F1.2と言えば、主要なメーカーで発売されるレンズでは最も明るいクラスでしょう。
これ以上に明るいFnoの製品もありますが、価格が異常に高いとか、あまり聞いた事のないメーカーだったりで素性が良くわかりません。
画面隅21.6mmに当たる光線(水色)においては上手く描画できなくなり欠けています。
球面収差は大きくはみ出しすぎて上端の位置は予想不能なレベルです。
これだけ甚大な収差が発生するので、実際に製品として設計するとたくさんのレンズ枚数が必要になったりするわけです。
詳細分析
F11からF1.2まで並べるのは少々無理がありましたので、F2.0とF1.2のシミュレーション設定を変更し、少し見やすくスケールなども調整したものを以下に掲載します。
F2.0の光路図と球面収差 (レンズ径25mm)
F2.0と言えばお手頃価格の単焦点レンズに多いFnoとして基準に選びました。
光路図は見やすく光線の本数を増してみました。結像の様子がわかると思います。
球面収差のスケールは±15mmとしました。
通常の製品分析記事のスケールは±0.5mmですから30倍のサイズです。
上端での球面収差は約6mmほどあり収差の残りがグラフでよくわかります。球面収差の大きさ感がわかるのではないでしょうか。
F2.0の時点ですでに尋常では無い収差が発生する感触がお分かりでしょうか?
F1.2の光路図と球面収差 (レンズ径41mm)
前のF2.0と同じスケールでF1.2を再分析しました。
光路図では隅21mmに当たる光(水色)の一部はうまく光線が通過せず欠けています。
中心に当たる光(赤)もとんでもない位置に光を結んでいます。
球面収差を見ると15mmを少し超えたあたりまで発生しています。
F2.0のレンズの2倍以上の収差が発生しています。
まとめ
F2.0とF1.2、一般的な数値感覚ではわずかな違いに感じますが、径方向のサイズは約1.5倍になり、収差は2倍以上も発生します。
ではレンズを1枚から2枚、3枚と増していくとどうなるのでしょうか?
その疑問については過去の記事をご参照ください。
関連記事:ガラスと色収差
このように甚大な収差が発生するものの、ダブルガウスタイプなどの革命的光学系の発見により、手ごろな価格でもそこそこに写るレンズが開発されてきました。
そちらの話題は別記事に記載したことがありますのでリンク先をご参照ください。
関連記事:ダブルガウスレンズ-黎明期編