雑学003 ガラスと色収差

写真レンズは複数枚のレンズで構成されている事は知られていますが、まずレンズの材料であるガラスに多くの種類があることはあまり知られていない事実であると思います。

一見、透明で違いのわからないガラスが、なんと数百種も流通しており、現代の光学設計ではそれを多いと数十種も組み合わせていると言う、一般の方には信じ難い話をします。

今回の記事は通常の分析記事とは異なり、レンズの材料となるガラスについて簡単に紹介し、シミュレーションを使って材料と収差補正について解説してみたいと思います。

なお、光学設計界では「硝子の種類」を略し「硝種:しょうしゅ」と呼んでいます。

例えば「この光学系には新しい硝種が採用されているらしいよ」とか表現しますと「業界人ぽい」と思ってもらえるわけです。(えらい狭い業界だよなぁ…)

屈折率と分散

現在、写真などの映像用のレンズ材料として販売されているガラスは、数百種あると言われています。

どれも見た目は透明で肉眼では見分けはつきませんが、数百あるガラスの種類を分類する基本特性が「屈折率と分散」です。

簡単に概念を説明します。

屈折率とは

光を曲げる強さです。レンズは光を曲げて撮像素子やフィルムへ光を導くわけですが、ガラスの種類ごとに「光を曲げる強度」が異なり屈折率と呼ばれます。

分散とは

光の色ごとの屈折率の違いを表す係数です。

一般の照明や太陽光は多くの色(波長)を含んでおり、虹が7色に分かれるのもその理由でが、「色ごとに屈折力が変わる」ことを示しているのが分散です。

ちなみにレンズの設計では代表的な色(波長)に名前を付けて色ごとの収差量を管理します。

d線(オレンジ色)、g線(青)、c線(赤)、f線(水色)の4色が特に重視されこのブログの分析ページでも収差図に記載しています。

屈折率-分散特性グラフ

屈折率と分散で、ガラスを分類した代表的なグラフが下図(Nd-Vd図)です。

HOYAガラスマップNdVd図

この図は日本の最大手のガラスメーカーHOYA社のホームページからの引用です。グラフの「縦軸はNd:屈折率」、「横軸はVd:分散」になります。

図中にプロットされている点ごとに名前の付けられたガラスがあることを示しています。

数えていませんがHOYAだけでも100種程度の取り扱いはあるでしょう。このようなガラスメーカーが日本でも数社、世界規模で見ればメジャーな会社だけでも10社はあります。

各社特性の共通する物もあれば独自の特性を売りにするメーカーもあり、トータルでのガラスの種類は軽く数百種が世に流通しているのです。

シミュレーションで見るガラスと色収差の特性

多くのガラスが世の中にあることは紹介しましたが、その目的の大部分は色収差を補正するためです。

ここからシミュレーションを使って色収差とその補正方法を見てみます。

レンズの色収差は軸上色収差と倍率色収差の2種の指標で表されますが、今回は簡単化のため軸上色収差のみを取り扱います。

軸上色収差とは

軸上色収差を概念的に説明しますと「光の色ごとのピントのずれ」となります。

太陽光のような白色光にはたくさんの種類の色(波長)が含まれています。プリズムを通すと色が分離する実験を学生の頃にされた方も多いでしょう。

また、早朝の光は青く、夕方は赤みが多くなるのは太陽と空気層の角度により一部の色が届かなくなる現象に由来する、と言えば感覚的に「太陽光には色がある」と理解できるでしょうか。

軸上色収差とは、太陽光のような白色光下で撮影をすると色ごとにピントがずれて写る現象です。

わかりやすい例を挙げると、被写体に青や赤の輪郭ができたりして解像度が低下してしまいます。

作例で説明します。以下の写真は全体像ですが、中央のレンズの仕様が書かれた白文字部(銘板)を良くご覧ください。OLYMPUS OM-SYSTEM…など記載されています。

カメラを持つ女性

本文と関係ありませんが、上の写真は数十年前のフィルムをスキャンしたもので、デジタル的な処理の影響を受けないためにわざわざフィルムのデータから探しました。

レンズの銘板部分を拡大してみます。

倍率色収差の例

203198 OLYMPUSの白文字の周囲に紫の色の付いた縁取りが発生しています。実際の製品には紫のフチ取りなどありません、真っ白な文字です。

このフチ取り(色にじみ)が軸上色収差です。画面中央付近に対称な形で発生し上図のようにきれいな縁取りになります。

画面周辺部に出る色にじみは倍率色収差であり、非対称な形になります。これは別記事にまとめます。

1枚のレンズの収差

まずはたった1枚のレンズの収差を見てみます。使用する材料は先ほどのNd-Vd図上の青矢印あたりの位置の物です。

選択したレンズのガラスマップ上の位置

レンズの仕様としては焦点距離50mm、Fno15で設計してみます。

1枚の凸レンズの光路図

たった一枚(単玉)の凸レンズの設計例です。

その性能を縦収差図(球面収差 像面湾曲 歪曲収差)で見てみます。

1枚の凸レンズの縦収差

上図、縦収差図の一番左のグラフが球面収差図です。

通常の分析記事では横軸が±0.5mmですからこれは通常の4倍広い±2.0mmの軸スケールですが一部は飛び出しています。

それだけ1枚のレンズでは収差が補正しきれないことを示しています。

球面収差図には、光の色(波長)を代表する4色(黄/青/赤/水色)の収差も記載しています。この色ごとの根本部分のズレが軸上色収差に相当します。幅がかなり太いですね。

2枚のレンズの収差

続いて2つの材料を組み合わせてみます。最も被写体側の第1レンズの凸レンズは青矢印、第2レンズの凹レンズは赤矢印あたりの材料を使います。

選択したレンズのガラスマップ上の位置

レンズの仕様としては同じく焦点距離50mm、Fno15で設計します。

2枚のレンズの光路図

凸レンズの撮像素子側に凹レンズを貼り付け2枚構成で設計しました。このような処理を「貼り合わせレンズ」とか「接合レンズ」と言います。英語表現ではダブレットです。

その性能を縦収差図(球面収差 像面湾曲 歪曲収差)で見てみます。

2枚のレンズの縦収差

球面収差の4色のグラフがだいたい重なりました。球面収差自体もだいぶ直線的になっています。凸凹の2枚のレンズを使うと軸上色収差と球面収差をおおむね補正できます。像面湾曲はまだ少し大きいですね。

このようなレンズを色消しレンズと呼びます。高級なルーペなどで今でも見かける表現です。

3枚のレンズの収差

色収差は2枚のレンズで補正できることはわかりましたが、像面湾曲が補正できないのですっきりされない方も多いと思います。

最後に3枚のレンズならばどこまで収差が補正できるのか見てみます。

第1、第3レンズの凸レンズは青矢印、第2レンズの凹レンズは赤矢印の材料を選択しました。

選択したレンズのガラスマップ上の位置

設計したレンズは下図です。

3枚の構成で凸レンズ、凹レンズ、凸レンズと配置される構成をトリプレットと言います。

レンズの仕様は一気に向上し、50mm Fno2.8です。

3枚のレンズの光路図

その性能を縦収差図(球面収差 像面湾曲 歪曲収差)で見てみます。

3枚のレンズの縦収差

一挙に改善したことが一目でご覧いただけると思います。

実用的な写真レンズ構成の最小枚数はこのトリプレット(3枚構成)でしょう。Fnoを2.8とだいぶ明るくしても十分に収差が補正されています。

このトリプレットと言うレンズ配置は、最も構成枚数の少ない対称型レンズ配置と言えます。

絞りを中心に対称にレンズを配置すると収差が劇的に補正できますが、この作用を使える最小枚数がこのトリプレットになるのです。

続いて球面収差と像面湾曲の横軸表示をいつもの製品分析記事に合わせて±0.5mmにしてみます。下図は製品分析と同じ横軸表示の縦収差図です。

3枚のレンズの縦収差スケール拡大

他の分析記事の現代のレンズと比較すればだいぶ大きいですが、ポートレートをサービス版に印刷して見るぐらいなら十分見れられる画質です。

今回、1枚のレンズから3枚のレンズまでの収差補正の様子を紹介しました。現代のレンズは十数枚のレンズを組み合わせて各種収差を補正しています。

本文は以上で終了しますが、さらに多くのレンズによる収差補正の様子は以下の記事をご参照ください。

4枚~6枚で構成されたレンズの収差量をシミュレーションで表現しています。

 リンク:雑学002 ダブルガウスレンズ

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