カメラの撮像素子と言えば、古くはフィルムでありましたがデジタル化してからは一般的にCMOSセンサーが主流となりました。センサーにはフィルム以上に色々なサイズがあります。
センサーサイズが変わるとレンズのサイズがどう変わるのかのでしょうか?またセンサーサイズの異なるレンズを比較するにはどうするべきなのか?シミュレーションソフトを使って解説します。
センサーサイズ
デジタルカメラの撮像素子はたくさんの種類がありますが、以下の2種類が現在の一眼レフ市場では主流です。
フルサイズセンサー
フルサイズとはフィルムの35mm版サイズと同程度と言う意味で、ライカから始まった最も普及した撮像素子サイズです。
APS
こちらもフィルム規格名が由来で「アドバンストフォトシステム」が正式名称です。フィルムの規格としては実質終焉を迎えましたが、デジタルカメラのセンサーとして名前が残っている少し不思議な状態です。
また、APSサイズと言ってもいくつかのバリエーションがありますが、現在の所はAPS-Cの製品しか存在しない状況となりましたので、当記事でのAPSとは-C形式をとします。
サイズ比較
まず、代表的な2つのセンサーサイズを図示しました。
外側のオレンジ枠がフルサイズセンサーのサイズです。内側の青枠がAPS-Cサイズです。APSのサイズは各社寸法が少し異なりますが、代表的な物を選びました。
ざっくりフルサイズのおよそ2/3がAPSサイズとなります。比率にして65%に相当します。逆に言うとAPSの1.5倍がフルサイズとなります。
この2種類のセンサーサイズの違いはレンズにどのような違いをもたらすのでしょうか?
シミュレーションを使って改めて確認してみましょう。
レンズサイズ
フルサイズセンサー用の光学系としてNIKON Ai AF NIKKOR 50mm F1.8Dを基準のレンズとして解説を始めます。レンズ自体の詳細は下記リンクをご参照ください。
関連記事:NIKKOR 50mm F1.8D
まず基本的なレンズの特性のひとつに「比例の関係が成立する」と言うものがあります。
レンズ全系を比例的に拡大・縮小すると撮像のサイズも拡大・縮小する特性です。要は「センサーサイズが小さくなる場合、同じ比率でレンズを小さくできる」と言えます。
フルサイズとAPSサイズの比はおよそ2/3ですから、「フルサイズレンズを2/3倍するとAPSサイズ用のレンズになる」わけです。
シミュレーションで確認してみました。
ふたつのレンズは同じ描画倍率で表示しています。
上段はフルサイズ用レンズのNIKKOR 50mm F1.8Dレンズそのものです。
下段はフルサイズレンズを2/3倍したAPS用のレンズになります。かなりかわいい大きさになっています。
APSレンズは焦点距離も2/3倍で33mmとなります。
APSではセンサーサイズが小さくなった分、焦点距離も短く広角になっているので、フルサイズレンズとAPSレンズは同じ"画角"が得られます。
見た目のサイズ感は異なりますが、要は「同じ範囲が写る」カメラになります。もう少し下記に詳しく説明しましょう。
換算焦点距離
APSサイズのレンズのカタログには「換算焦点距離」が記載されています。これは「フルサイズ用のレンズと同じ"画角"が得られる焦点距離がいくつか?」と言う意味です。
画角とは下図に示すような「撮影時の視野の角度」であり、レンズとは本来は画角で示す方がわかりやすいはずです。
「画角30度レンズと画角15度レンズ」として比較する方が焦点距離とか言う"謎数"で説明されるよりわかりやすいと思いませんか?
焦点距離はユーザーにはあまりメリットが無い指標で、”画角”によりレンズを区分していればセンサーサイズの違いによる面倒な換算は不要だったのです。
しかしながら歴史的に焦点距離でレンズを区分し、結果的に35mm版が主流となってしまったので、センサーが異なると面倒な換算の必要な状況となっているのです。
では、具体的に焦点距離の換算はどのようにするのか?ですが、先ほどは「フルサイズを基準とするとAPSが2/3倍」と説明しましたが、換算はこの逆になりますから「APSを基準とするとフルサイズは1.5倍」の関係となります。
【フルサイズ換算焦点距離=APSサイズ焦点距離×1.5】
※メーカーにより少し異なります。
収差を比較
単純比較
ここからは性能がどうなるのかを見てみます。
まずは先ほど紹介した2種類のレンズの収差図をご覧ください。
レンズの配置と同じく、上段はフルサイズ、下段はAPSレンズとしました。
レンズのサイズは比例の関係が成立すると説明していますが、収差も同様にレンズを縮小した分、球面収差や像面湾曲の収差が縮小されています。
なお歪曲収差だけは最大像高(センサーサイズ)を基準とした比率となっているので、センサーが変わってもグラフの作図上は変化しません。
これを同様にMTFでも見てみましょう。
レンズの配置と同じく、上段はフルサイズ、下段はAPSレンズとしました。
収差が減少しているのでAPSレンズでは山の高さが全て高くなっています。
鑑賞サイズは同じ
ここで疑問が沸くはずです。
「センサーが小さい方がレンズも小さく、収差も少ない?」
「小さくて高性能ではないか…なんのために重いレンズを持つのか?」
そんな疑問です。
これには「鑑賞サイズを同じにそろえる」の概念を導入することで解決可能です。普通、センサーサイズが異なっても同じ画面で鑑賞すると思います。また、一般的な印刷サイズであれば同じサイズに引き延ばして印刷すると思います。
レンズを比較するのであれば尚更ですが、「同じサイズで印刷した場合にどうなるか?」と言う条件で比較することが重要になります。
フルサイズよりもAPSセンサの方が小さいので、同じ印刷サイズにするとAPSの方が「1.5倍大きく引き伸ばされます」。(それだけ劣化します)
この引き延ばし倍率の違いをシミュレーションで表現する場合は、APS側のグラフのスケールを2/3倍に小さく(収差を拡大する)ことで同じ条件で比較します。
スケールを変えて比較
新たにセンサーサイズの比率分、スケールを変更して縦収差図を作成しました。
球面収差図・像面湾曲・歪曲収差図
上段のフルサイズのスケールは±0.5mmとしています。下段のAPSではセンサーサイズ比分2/3倍して引き延ばしを考慮した±0.33mmの拡大スケールとしています。
スケールを小さくすると収差はグラフ上は誇張されるため、フルサイズレンズと同じ性能になることがわかります。要はグラフの見た目として優劣がわかるようにしてあるのです。(真値は変わりません)
MTFで同様の比較をするには、評価周波数(FRQ)を変更します。
上段はフルサイズの通常MTF条件の評価周波数(FRQ)20本/mmの特性グラフです。
下段はAPSですが評価周波数は30本/mmです。評価周波数は数値が大きいほど高い解像度での評価となる指標なので、APS側を大きくすることで引き延ばし分を考慮した評価が可能です。
深度(幅)は変わるので比較しづらいですが、山の高さ(解像度)は一致し同性能になることがご理解いただけるかと思います。
各メーカーでのカタログやHPに記載されているMTFグラフもAPSレンズの方が評価周波数が大きくなっているのはこの理由によるものです。
少しまとめると、センサーが小さくなればレンズは小さくなるが、印刷/鑑賞サイズを考えると劣化が大きくなるので結局は同じになる、以上がひとつの答えです。
フルサイズとAPSの比較スケール
当ブログではフルサイズでもAPSでも同列に評価できるように以下に評価スケールを統一することにしております。
フルサイズ | APS | |
球面収差 | ±0.5mm | ±0.33mm |
像面湾曲 | ±0.5mm | ±0.33mm |
倍率色収差 | ±0.05mm | ±0.033mm |
横収差 | ±0.05mm | ±0.033mm |
スポットダイアグラム(標準) | ±0.3mm | ±0.2mm |
MTF評価周波数 | 30本/mm | 20本/mm |
このようにセンサーサイズに合わせたスケールに変更することでレンズの良否を並べて確認することを可能としているのです。
まとめ
レンズとセンサーは比例の関係が成立するため、センサーサイズが小さくなるとレンズも小さくできると言えます。
ただし「引き延ばし倍率を考えると実質的な収差は変わらない」のが本質です。
ただし現実的に発生する問題として、実際に比例の関係でレンズを縮小すると「レンズが薄くなりすぎる問題」が発生します。
ある程度の厚みがなければレンズが割れてしまうので、現実的には比例の関係で製品は作れません。
小さいAPSの方が不利となるので、設計時に割れないように厚くしなければなりません。そうすると設計自由度が奪われるためレンズ全体を大きくするとか、構成を変更することになります。(結局は値段やサイズに跳ね返るというわけです)
さらに、デジタルカメラのセンサーは有限の画素数であるため、引き延ばしによる画素の拡大による画質の低下もあります。
他にも、仮に同じ画素数であればセンサーサイズが大きい方が1つの画素で得られる光の情報量が多いためノイズが低下するなどのメリットもあります。
なお、フィルムであっても解像度は銀粒子のサイズと数で決まる有限な物ですから拡大すれば劣化が発生します。
結論は「センサーサイズが大きいに越したことはない」となります。
『いつまでも体力が無限大なら』の条件付きですが…
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