ニコン ニッコール 50 1.8Dの性能分析・レビュー記事です。作例写真をお探しの方は、記事末尾にありますのでこのリンクで移動されると便利です。
レンズの概要
NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctの特許資料発見の記念としてNIKKOR50mmの分析をシリーズ化して進めることにしました。要は勝手にNIKONレンズの歴史を楽しんでみようと言う企画となります。
まず現在(2020年)のところNIKONの50/58mmのレンズとしては以下の製品が販売されています。
- AI AF NIKKOR 50mm f/1.8D
- AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G
- AI AF NIKKOR 50mm f/1.4D
- AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G
- AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G
- Ai NIKKOR 50mm f/1.2S
- NIKKOR Z 50mm f/1.8 S
- NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct
※50mm /f1.2Sは在庫限り
8本ですよ…脅威的です。しかもそれぞれ光学系は異なるようです。
モーターや駆動機構、電磁絞りなどが異なるならわかりますが、なぜ光学系までわざわざ変えるのか…ミラーレス黎明期と言う背景もありますが、どれだけNIKONは50mmが好きなのでしょうか?
今回はシリーズの初回ですから、最も基本的なダブルガウス構成のf/1.8Dから分析をスタートします。
この50F1.8は、一般に撒き餌レンズなどとも言われ、安さに惹かれてつい衝動買いするとそこから暗く深いレンズ沼へ引きずり込まれてしまう恐ろしい呪いのような力を持つ製品です。
なおNIKONの公式ページでもこのレンズの開発の経緯がまとめられていますので合わせてお読みください。
極簡単に要約しますと、このNIKON 50mm F1.8Dの光学系はNikon EMと供に販売されたEシリーズと言われるニッコールレンズシリーズの光学系を流用しており、最初に発売されたのは1978年だそうです。
2013年ごろに製造が終了したようですから35年ほどに渡り生産される恐るべきレンズです。
私的回顧録
単純なダブルガウス6枚構成のレンズは各社ともに販売していますが、特色が無いので取り上げないつもりでいました。
それだけダブルガウスが優秀な証でもあります。
しかし、Z58mm f/0.95へ至る歴史を勝手に分析するためにもNIKONの50mm f/1.8は特例で分析することにします。
なお、私も若かりし頃にこのレンズのお世話になりましたが、そもそも50mm 1.8を使うより前にレンズ沼へハマっていましたので「たまに使うと軽くて良いよね」的な印象で軽く見ていました。
光学設計を生業とするまでは…
文献調査
さて冒頭でも説明したニコンの公式ホームページに記載されている開発秘話のページになんと設計者のお名前がフルネームで記載されています。
執筆者の名前さえわかればこちらのモノ、一撃で検索を終える事ができました。特開昭54-104334から性能の良さそうな実施例1を設計値と仮定し、設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容について簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
詳細分析の前に「ガウス、ガウスって言うけど一体何なんだ?」との疑問にお答えするために極簡単な説明記事を以下のリンク先へ準備しましたので気になる方はご参照ください。
リンク:ダブルガウスレンズ
上記のリンク先では初期の4群6枚構成の完全対称型ダブルガウスを説明しています。
そして下図が、今回の設計値となります。

上図がNIKKOR 50 F1.8Dの光路図です。
5群6枚、基本の6枚構成で被写体側の接合を分離した、変形ダブルガウスの典型的な構成です。
完全対称のガウス型では一眼レフカメラのミラーを配置するためのスペース(バックフォーカス)を確保しつつ、コマ収差を抑えるのが困難でありました。
そこで、絞りよりも被写体側のレンズの貼り合わせはがした構成(前接合分離型)とすることでコマ収差改善を果たしバックフォーカスを確保しています。
60年代までの標準レンズは焦点距離55mmなど50ぴたりではないレンズが多々ありますが、その理由とは焦点距離を少し伸ばすことでバックフォーカスを確保したわけです。
この前接合分離型の構成を発見することで、焦点距離50mmレンズが一眼レフの標準の座に落ち着きました。
さらにこのレンズは一般の前接合分離型ガウスレンズに比較すると絞り前後の凹面のカーブが緩く薄型に設計されているのが特徴です。
もう一点、このレンズには設計値を見なければわからない特筆すべき点があります。
それはガラス材料がたったの2種しか使われていないのです。
この時代でも数十種のガラス材料が存在したはずで、Nikonほどの大企業なら1枚づつ異なる材料で設計し収差を抑えても許されたのではと思いますが…そこを耐え極めて少ない硝種で設計されているのです。
なんと禁欲的!ストイック!、ガラス材料が少なければ当然値段も安く、大量に製造しやすくなります。
要は、安くしかも小型に設計され、世に良いレンズを提供したいと願った設計者の慈愛をも感じるこのレンズ、NIKONが頑なにこのレンズを製造し続ける理由が透けて見えます。
縦収差
球面収差、像面湾曲、歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差
単純構成のガウスタイプは球面収差がマイナス側に倒れるフルコレクション形状とすることで開放時と小絞り時のピント変動を抑制しています。
軸上色収差はだいたいこの程度が限界となりますが、球面収差の先端部でF線とc線が重なる理想的な補正を行っています。
像面湾曲
像面湾曲もマイナス側に残すことで開放と小絞り時の変動を抑制しています。ガウスタイプの場合、わざと残すところもテクニックになります。
歪曲収差
わずかに樽型になりますが、対称型のガウスタイプの特徴で絶対値的には小さな範囲です。
倍率色収差

対称型レンズの特徴で倍率色収差はほとんど発生しません。
横収差
タンジェンシャル方向、サジタル方向

縦収差の項でわざと残している球面収差/像面湾曲は横収差を見ると意味を理解できます。
小枚数で大口径レンズを設計するとサジタル方向の横収差が甚大な量となりますがそのピント成分(ハロ)を打ち消すように縦収差を残すことで中心ピントと周辺ピントのバランスを取るのです。
小型化や材料の自由度を制限しているため低像高6mmあたりでのタンジェンシャル方向のコマ収差が若干多いですがコマ収差は絞れば改善するので開放でのみ現れる「味」ともなります。
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)

横収差で見た通りかなりスポットは大きくなりますが、これこそ堪能すべき味です。
横収差でサジタルの収差が大きい影響はスポットに現れます。周辺部の像高でスポットがV字になるので星などの撮影には注意が必要です。
MTF
開放絞りF1.8

横収差図で見ると甚大な量の収差が発生しているにも関わらずMTFの山はそこそこに一致しておりピントバランスが取れていることがわかります。
小絞りF4.0

像高12mmまでの中間部までは像面湾曲の影響でマイナス側にピントがずれるもののコマ収差が絞りでカットされる効果でMTFの山の高さが激しく改善し収差感は感じられなくなるでしょう。
総評
現代でも生産され続けるオールドレンズですが中身を見てみると、単純な6枚ガウスではなく、少ない自由度の中で薄型化と少硝種化を達成している正しい光学設計の象徴のようなレンズでした。
NIKONがこの製品を大事に30年以上生産する意味が良くわかり「感激とはこの事か」と、この歳で初めて感じた次第です。
作例・サンプルギャラリー
NIKKOR 50 1.8Dの作例集となります。以下のサムネイル画像をクリックしますと拡大表示可能です。特に注釈の無い限り開放Fnoの写真です。






なお、作例写真は全てSILKYPIX 10で現像しております。
価格調査
新品から中古品まで取り扱う品揃えの良い店舗のリンクを準備いたしました。以下からご確認ください。
製品仕様表
製品仕様一覧表
画角 | 46度 |
レンズ構成 | 5群6枚 |
最小絞り | F22 |
最短撮影距離 | 0.45m |
フィルタ径 | 52mm |
全長 | 39mm |
最大径 | 63.5mm |
重量 | 155g |
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リンク:レンズ分析目次