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【深層解説】広角レンズの銘玉 Angenieux Retrofocus 35mm F2.5 -分析140

この記事では、広角レンズの古典的な銘玉と言われるレトロフォーカスについて特許文献などから設計性能を徹底分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

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レンズの概要

この記事で解説するAngenieux Retrofocus(アンジェニュー レトロフォーカス)は、広角レンズにおける古典的な銘玉として有名なレンズです。

本来「レトロフォーカス」の名称は製品名ですが、同構成のレンズがあまりに普及したためレトロフォーカス自体が、レンズの構成を表す代表名となりました。

これは標準レンズにおけるダブルガウス型のような事象ですね。

まずは、レトロフォーカス発明の歴史と背景を確認してみましょう。

発明者のアンジェニューは、1928年生まれのフランス人の光学技術者で、本人の名前を冠した会社を設立し、現代でも光学メーカーとして存続しています。

レトロフォーカスが開発された背景には、その頃に始まった「一眼レフカメラの発明」が関係しています。

一眼レフカメラは、レンズと撮像素子の間にファインダーへ光を導くためのミラーの配置が必要で、そのためレンズの後ろ側の距離であるバックフォーカスを長く確保する必要があります。

 関連記事:一眼レフカメラのしくみ

しかし、当時の広角レンズはバックフォーカスが短く、一眼レフカメラに使える物が無かったのです。

この対策として、アンジェニューは1950年に焦点距離35mm F2.5仕様のバックフォーカスの長いレンズの特許を出願し、レトロフォーカスレンズの名称で発売します。

その後も革新を続け、1953年には焦点距離28mm F3.5、1957年には焦点距離24mm F3.5を発売し不動の地位を得ます。

さらに1960年代に入ると一眼レフカメラの時代が本格的に到来し、各社が追随しレトロフォーカスの改良型を開発することで、普遍的で主要なレンズ構成のひとつになりました。

今回の記事では、1950年に出願された最初期のレトロフォーカスレンズ、焦点距離35mm F2.5仕様を分析します。

文献調査

さすが世界のGoogleと言うべきか、Googleの検索システムには特許を調べる機能もあり、これを使うと主要国の特許検索が可能です。

アンジェニューのレトロフォーカスは、本人が開発して出願しているのが分かっているわけですから発明者を元に調べると、フランスで登録された特許の米国版の複写US2649022へ記載されている実施例 1が年代と仕様的に製品に合致することがわかりました。

これを製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

上図がAngenieux Retrofocus 35mm F2.5の光路図になります。

レンズは5群6枚構成、被写体側に大きく張り出すように配置された凹レンズの前群、その撮像素子側には標準レンズ的な構成の後群が配置されています。

被写体側へ凹レンズ成分を配置するのがレトロフォーカス型の基本的な構造ですが、この後群は様々なバリエーションが存在します。

この最初期のレトロフォーカスレンズの後群は、Tessar(テッサー)に1枚追加した構成となっています。

Tessarは最初のLeicaの標準レンズにも採用された構成で、簡素ながら各収差をコントロールできる標準レンズの基本です。

レトロフォーカス型は、標準レンズの前に凹レンズ成分を配置することで、被写体から来る光をまずに拡散してから、撮像素子へ収束させるためレンズの後ろ側(の距離バックフォーカス)が長くなります。

この長いバックフォーカスに一眼レフカメラのクイックリターンミラーを配置するわけですね。


逆にレトロフォーカス型以外の違う構成の広角レンズを見てみましょう。

下図は、レトロフォーカス同世代の1950年代に開発された広角レンズの一例です。

このレンズはレンジファインダーカメラの代名詞であるLEICAに供給されたSuper Angulon 21mm F4です。

この広角レンズは、被写体側と物体側に凹レンズ群を配置したいわゆる対称型配置です。

対称型配置は、焦点距離を決める主点位置がレンズの中央部になるため、「焦点距離の短いレンズ(広角レンズ)」になるほどレンズが撮像素子に近づきます。

これではレンズと撮像素子までの距離が近すぎて、ミラーの必要な一眼レフカメラには利用できません。

レンジファインダーカメラには好適な対称型配置ですが、1960年以降は一眼レフカメラの時代が始まることからレトロフォーカス型が爆発的に増えたわけですね。

なお「レトロ」との名称を聞くと日本人の感覚では「古典的、退廃的」のようなイメージがあるかもしれませんが、当時の最新技術ですからそんな意味合いではありません。

これは焦点距離を決定する「主点」の位置が、「後退している(撮像素子側にある)」を意味しています。

実は「レトロフォーカス」とは、主点の位置が後退しバックフォーカスが長くなった特徴を表す「機能美」が名称となっているのです。

 関連記事:焦点距離とは

続いては、性能を詳細に確認してみましょう。

縦収差

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、基準光線のd線(黄色)をみるとマイナス側へ大きくふくらむフルコレクション型でこの時代の物でもだいぶ大きく補正残りがあります。

当時としては、一眼レフカメラ向けとしては最初期の大口径な広角レンズですから、少々苦しい性能であれどまずは製品として実現することが重視されているのも当然でしょう。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は十分補正されているようです。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、球面収差の補正具合を鑑みればこの程度だろうと予想される範囲内ですね。

キャビネ版ぐらいまでの印刷サイズなら画面の中間部までは十分な画質でしょうか。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、意外な事にとても優秀に補正されています。

倍率色収差

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は画面の中間部までは十分な精度ですが、画面の隅では少々甚大な量ですね。

横収差

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

左列タンジェンシャル方向は、コマ収差(非対称成分)は少ないので解像度はありそうですが、ハロ(傾き成分)が強く、画面の周辺部でのピントのズレが気になります。

右列サジタル方向は、サジタルコマフレアがかなり甚大な量になりますね。

新発売

スポットダイアグラム

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

このスケールは一般的なレンズでの評価用に準備してあるものですが、スポットが大きすぎて見づらいですね。

画面の中間の像高12mmより内側はそれなりの集光具合は保持できているようです。

MTF

開放絞りF2.5

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、それなりの高さは保っているようで、画面の中央部の像高6mmまではそれが維持されています。

画面の中間の像高12mmからは急激に低下するようです。

小絞りF4.0

FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

画面の中央部の像高6mmまではだいぶ改善するようですが、周辺部はあまり改善しないようですね。

総評

一眼レフカメラ用の最初期の広角レンズであるアンジェニューのレトロフォーカスは、機能美をその名で表す実に爽快なレンズであることがよくわかりましたね。

さすがはオシャレなフランス人が発明したレンズの名ですね。

しかしながら最新鋭ゆえに、時代的な状況を考えても少々苦しい性能ではありました。

これにはいくつか理由がありますが、ひとつは対称型配置の方が基本的に収差補正に優れること、もうひとつはコンピュータの無い時代にしては扱うレンズ枚数が多く設計が困難だったこと、この2点が大きいと推測されます。

なお、近い時代の対称型広角レンズの設計性能がいかに高いのかはSuper Angulon 21mm F4 & F3.4の記事などをご覧いただくと差がよくわかるかと思います。

また、後年なり設計技術の向上やコンピュータの導入により格段に改善した例としてNIKON AI AF Nikkor 35mm F2Dの記事をご覧いただくと、進化の具合をよりよく確認できるでしょう。

 関連記事:コンピュータとレンズの設計

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

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製品仕様表

製品仕様一覧表 Angenieux Retrofocus 35mm F2.5

画角62度
レンズ構成5群6枚
最小絞り---
最短撮影距離---
フィルタ径---
全長---
最大径---
重量---
発売日---

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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