ニコン AiAF マイクロニッコール 60mm F2.8Sの性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
レンズの概要
AiAF Micro Nikkor 60mm F2.8は、NIKONのFマウント用Micro(マイクロ)レンズシリーズの焦点距離55mm系のレンズとしては3代目となり、1989年の発売開始から2020年ごろまで販売されました。
まずは、NIKONのFマウントレンズから最新のZマウントに至るマクロレンズの系譜を確認してみましよう。
焦点距離仕様ごとに発売年と構成をリストにしました。光学系を共通とする物は除いています。
◆Micro Nikkor 55mm系
- Micro Nikkor 55mm F3.5 (1961) 4群5枚
- Ai Micro Nikkor 55mm F2.8 (1981)5群6枚
- AiAF Micro Nikkor 60mm F2.8S (1989) 7群8枚 ★当記事
- AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G (2008) 9群12枚
- Z MC 50mm F2.8 (2021) 7群10枚
◆ Micro Nikkor 105mm系
- New Micro Nikkor 105mm F4 (1975) 3群5枚
- Ai Micro Nikkor 105mm F2.8S (1984) 9群10枚
- AiAF Micro Nikkor 105mm F2.8S (1989) 8群9枚
- AF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8G (2006) 12群14枚
- Nikkor Z MC 105mm F2.8 VR S (2021) 11群16枚
◆ Micro Nikkor 200mm系
- Ai Micro Nikkor 200mm F4 (1979) 6群9枚
- AiAF Micro Nikkor 200mm F4D (1993) 8群13枚
前回の分析では、55mm系では2代目となるAi Micro Nikkor 55mm F2.8を分析しました。
今回、取り上げる3代目のAiAF Micro Nikkor 60mm F2.8レンズの特筆すべき進化点は、NIKON 55mm系マクロレンズでは初のオートフォーカス化が達成されたこと。
さらにもう一点は、接写リングを使わずに最大撮影倍率を等倍(1.0倍)まで実現しています。
私的回顧録
『第001話 溜息』
198X年、地方大学の掲示板に貼られた求人企業一覧を見つめる高山仁は深いため息をついていた。
大学は卒業できそうだが自分の進むべき道がわからない。就職活動を始める時期はとうに過ぎている。
友人達が着慣れない背広に身を包み就職活動へ向かう姿を見送っては、自分だけが取り残されているような強い焦燥感にさいなまされるが、今さら何をすれば良いのかまったく思いつかない。
人生の大事な岐路に湧き上がるのは「情けない」そんな気持ちばかりだ。
そんな重い気持ちとなる理由は簡単で、進学はしたものの専攻した化学にはまるで興味が出なかったからだ。
自分が就職する姿が想像できない。
「こりゃ、もう色々とダメだ…」学生課の掲示板の前、朦朧とした意識のなかふと他の学部向けの欄を見ると、そこには見覚えのあるカメラメーカーが数社記載されていることに気が付いた。
高山が学生時代に打ち込んだ事と言えば「カメラを少々」といったところだ。
興味の沸かない化学からの逃避だったのだろうか?毎日写真を撮り、プリントのために薄ら赤い照明の灯る暗室にこもっていた。
本来なら将来カメラマンになりたいとか考えるのかもしれないが、自分の写真のセンスが少々足らないし、ジャーナリストになるには社会問題には興味が薄い、よってカメラマンになるつもりも無かった。
さて、遠のく意識のなか偶然視界に入った求人表に記載されたカメラメーカーを眺め
「ダメ元でカメラメーカーを受験していみるか」
そんな妙案が浮かんだ。
本来の募集対象である学部とは異なるが、求人を出すぐらいだから人材は不足しているのだろう。
上手くいけば潜り込めるかもしれないな。
つづく…
※本文はフィクションとして実在の人物や団体とは一切の関係が無いように配慮し記載しております。
文献調査
当記事で分析するAiAF Micro Nikkor 60mm F2.8は、NIKON自身が過去のレンズを回顧する「ニッコール千夜一夜物語」でも特集され、設計者のお名前まで公開されておりますので文献調査は一瞬です。
余談ですが「ニッコール千夜一夜物語」は、作例もしっかりとカラー化された新装版書籍が販売されましたね。
調査に戻りますと、特開平2-285313に本レンズに近い設計例が記載されています。
特許の説明文の方を参照いたしますと、従来タイプのマクロレンズの光学系は繰り出し量が大きくなりすぎるため本レンズを発案したとあります。
「ニッコール千夜一夜物語」での説明とも一致します。特許と合わせて読んでいただけるとより深く楽しむことができるのではないでしょうか?
さて特許文献より実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみましょう。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がAIAF Micro-Nikkor 60mm F2.8の光路図になります。
7群8枚構成、被写体側から6枚のレンズは、絞りをはさんで対称にレンズの並ぶ定番のダブルガウス型の配置です。
さらにその撮像素子側には凸レンズと凹レンズが一枚づつ配置されており、前回分析したMicro Nikkor 55mm(以下、2代目)には無かった部分になります。
関連記事: Ai Micro Nikkor 55mm F2.8
また、今回はマクロレンズの分析のため下図の繰り出し状態の図を準備しました。
左図(青字Far)は遠距離にピント合わせた状態、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態です。
遠距離とは正確には無限遠であり例えば「星を撮影している状態」とお考えください、一方の近距離とは本レンズの最大撮影倍率となる等倍(1.0倍)に写る最短撮影の繰り出し状態です。
近距離撮影状態へピントを合わせるさい、レンズ内をいくつかの群に分割し移動させる方式をフローティングフォーカスと言います。
2代目の55mm F2.8では前群と後群の2つに分割する方式でしたが、この60mm F2.8ではレンズを3分割し移動させる複雑な構造となっています。
その具体的な構造は、被写体側の3枚の「第1レンズ群」、絞りとその被写体側の3枚で構成される「第2レンズ群」、最も撮像素子側の2枚の「後レンズ群」はピント合わせのさいには固定となっています。
前回分析した2代目から増加した固定の「第3レンズ群」には二つの効果があります。
第1の効果は、繰り出し量の短縮です。繰り出し量の短縮には大きく被写体側へ繰り出す前群と中群の焦点距離を短くするしかありません。
焦点距離を短くすると広角レンズになりすぎるため、固定の第3レンズ群によって適切な量へ帳尻合わせをしています。
第2の効果は、近距離撮影での収差の補正です。
後レンズ群を通る光線経路を見ると、遠距離撮影では第3レンズ群の周辺部は光線が通過しておらず余っています。一方、至近撮影状態では第3レンズ群の最も周辺部まで光線が通過しており、大きく経路が変わっています。
レンズの移動によって光線経路を大きく変えさせ、至近側で悪化する収差を打ち消しているのです。
この場合、大きく変化する光線経路は撮像素子の周辺部に到達する光線ですから主に像面湾曲や倍率色収差の補正に効果的です。
縦収差
左図(青字Far)は遠距離に、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、F2.8と控えめな仕様であるため左の遠距離状態の収差は十分に補正されています。
右の近距離状態では悪化しますが、上端部を大きくプラス側へ曲げて像面湾曲のバランスをとっているようです。
軸上色収差は、右の近距離状態ではやはり相応に悪化します。
像面湾曲
像面湾曲は、第3レンズ群の効果によって2代目の55mm F2.8から大きく改善したポイントです。特に右の近距離状態では収差量は半減程度に改善しているようです。
歪曲収差
歪曲収差はこちらはレンズ全系の対称性が崩れいてるため悪化しているかと思いきやそんなことは無くほぼゼロレベルに補正されています。
倍率色収差
左図(青字Far)は遠距離に、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態
倍率色収差も第3レンズ群の効果により先代55mm F2.8から改善したポイントです。2代目も十分優秀でしたがさらに半減程度まで改善しているようですね。
横収差
左図(青字Far)は遠距離に、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態
横収差として見てみましょう。
ほとんど同じと言えるレベルですが、横収差で見ると先代の55mm F2.8に比較すると右の遠距離状態では中央部の像高6mmでのタンジェンシャル方向のコマ収差が少々増大、画面隅の像高21mmでのサジタル方向のフレアも増大しているでしょうか。
レンズ単体での等倍撮影を実現するためか、もしくはオートフォーカス化対応の苦しさでしょうか、小型化にも相当の配慮をしているため遠距離は若干ですが2代目に比較すると悪化傾向でしょうか。ただし、実写でわかるレベルでは無いとは思います。
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スポットダイアグラム
左図(青字Far)は遠距離に、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。
左の遠距離では横収差に現れていたように画面隅の像高20mmにおけるサジタル方向のコマフレアが大きいためスポットが横方向にふくらんでいます。
右の近距離ではコマ収差が少々大き目なため少々いびつな形になっています。
スポットスケール±0.1(詳細)
MTF
左図(青字Far)は遠距離に、右図(赤字Near)は近距離にピントを合わせた状態
開放絞りF2.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
左の遠距離状態では2代目の55mm F2.8と大きな差はありませんが、右の近距離状態では像面湾曲の改善効果で周辺部までしっかりと山が残っています。
近距離で文字などを撮影しても画面の隅々まで十二分な解像度が得られることでしょう。
小絞りF4.0
総評
ついに光学系を3つに分割することにより、レンズ単体での等倍撮影の実現とオートフォーカス化を果たしたMicro Nikkor、しかもコンパクトさも損なわれていません。
執筆現在の2021年においてはこの光学系が搭載されたAi AF Micro-Nikkor 60mm f/2.8Dがなかなかにお手頃な価格で手に入るようです。
是非、この芸術的な構成とほんのり味の残る描写をお楽しみください。
過去に分析したマクロレンズの記事は以下などもありますのでご参照ください。
関連記事:Nikon Ai Micro Nikkor 55mm F2.8
関連記事:SIGMA 70mm F2.8 Macro Art
関連記事:OLYMPUS 90mm F2.0 Macro
関連記事:Micro NIKKOR 105mm F2.8
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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作例・サンプルギャラリー
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製品仕様表
製品仕様一覧表 Ai AF Micro Nikkor 60mm F2.8
画角 | 39.4度 |
レンズ構成 | 7群8枚 |
最小絞り | F32 |
最短撮影距離 | 0.219m |
フィルタ径 | 62mm |
全長 | 74.5mm |
最大径 | 70mm |
重量 | 440g |
発売日 | 1989年 |