この記事では、シグマのミラーレス一眼カメラ専用の交換レンズである超大口径広角レンズ 35mm F1.2 DG DNの歴史と供に設計性能を徹底分析します。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなた人生のパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
レンズの概要
SIGMA 35mm F1.2は、高性能で有名なArtシリーズの中でもフルサイズミラーレス専用として開発された超大口径広角単焦点レンズです。
まずは、一般常識であると思いますが、SIGMAの製品名称の定義についておさらいしてみましょう。
SIGMAのレンズは。基本シリーズとして3ジャンルに分かれています。
- Art (高性能)
- Contemporary (バランス型)
- Sports (高機動)
(カッコ)内の説明については、公式HPに記載された説明を一言で意訳しました。
そして、名称の末尾の記号(例:35mm F1.2 "DG DN")などについては以下になります。
- DG (フルサイズ用)
- DC (APS/フォーサーズ用)
- HSM (超音波モーター)
- DN (ミラーレス専用)
今回の記事で紹介する製品は、Artシリーズ 35mm F1.2 ”DG DN”ですから、「フルサイズ」の「ミラーレス専用」となります。
旧来までのミラー有一眼レフ用として設計された製品ならば、マウントアダプタを利用してミラーレス一眼へレンズを流用できましたが、「この製品はミラーレス専用」となりますので注意が必要です。
また、SIGMAは、各社のレンズマウントに合わせた製品を販売していますが、執筆現在(2021年)におけるDNシリーズはソニーEマウントにのみに対応しています。
私的回顧録
ミラー有一眼レフの全盛期となる1970年から2020年ごろまでの長きに渡り、35mmのレンズとは悲しみに溢れた不遇の焦点距離であったと言えます。
ミラー有一眼レフは、レンズと撮像素子の間にファインダーへ光を導くためのクイックリターンミラーを配置するために広いスペースを確保しなければなりません。このレンズと撮像素子の距離をバックフォーカスと言います。
焦点距離35mmのレンズは、50mmレンズと「標準レンズ」として一括りに扱われることがありますが、少々広角ゆえにバックフォーカスを長く取ることが難しく、ミラー有一眼レフ用としては性能改善に難がありました。
そのため、十分な性能を確保しようとすると、製品が大型化してしまうために50mmレンズに比較すると、35mmレンズはFnoを少し暗くしてある製品が多いのです。
(SIGMAのArtシリーズはサイズ感を無視したことで有名でしたが…)
標準レンズの「画角」としては人の目の自然な視野に近い35mmレンズの方が違和感の薄い気がしますが、対称型構成にできる50mmレンズは小型で安く高性能かつFnoが明るいゆえに標準&王道の地位を手放す事が無かったわけです。
関連記事:50mmレンズについてはガウスレンズの歴史を参照してください
結果、35mmレンズは標準と言われながらも50mmに一歩及ぶことのできない、悲しみに溢れる苦渋の50年を過ごす事になったのです。
(標準レンズの定義は所説あります。上記は著者の思い込みです)
さて2020年を超えるとカメラはすっかりとミラーレス一眼が主流の時代となりました。
ミラーレスカメラであれば、バックフォーカスの短い光学設計が可能となります。
ならば「真の意味で35mmが標準となり、黄金時代を迎える」のかもしれませんね…
文献調査
さて、F1.2の超大口径単焦点ですから、調査などと言うレベルの作業は不要で、ぱっと見でわかります。
特開2019-197125であることは間違いありませんが、わずかに構成枚数が異なるようですが、特に構成のよく似る実施例4を製品化したと仮定し、実施例設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
恥ずかしい話ですが、マンションの壁をカビさせたことがありますが、防湿庫のカメラは無事でした。
作例・サンプルギャラリー
SIGMA Art 35mm F1.2 の作例集
当ブログの読者の方から作例をご提供いただきました。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がSIGMA Art 35mm F1.2の光路図になります。
本来の構成は12群17枚ですが、この特許実施例では1枚多い12群18枚です。きっと実際の製品用に詳細に設計を詰めた結果として枚数を削減したのでしょう。
この断面図で第4レンズを除去するとほぼ製品レンズと同じ見た目になります。
色収差を補正するためのSLDレンズを3枚、球面収差や像面湾曲を補正するための非球面レンズも3枚導入しています。
35mm F1.2仕様の製品は、他にあまりありません。過去に分析した類似製品としては40年ほど前に設計されたZuiko 50mm F1.2をご覧いただくといかに現代レンズが、高次元の補正が行われているかお判りになるかと思います。
関連記事:Zuiko 50mm F1.2
それでは、このレンズの光学性能をさらに詳しく分析して参りましょう。