ニコン ニッコール Z MC 105mm F2.8の性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
レンズの概要
NIKKOR Z MC 105mm F2.8は、ミラーレスカメラZマウント専用レンズで、拡大撮影(マクロ撮影)をするための特殊レンズになります。
NIKONのマクロ撮影用レンズは、長らくMicro NIKKOR(マイクロニッコール)の名称で統一されておりました。
しかし、FマウントからZマウントへの移行と供に「MC」の名称へ変更されたようです。
まずは、NIKONのFマウントレンズから最新のZマウントに至るMicro NIKKORレンズの系譜を確認してみましよう。
焦点距離仕様ごとに発売年と構成をリストにしました。光学系を共通とする物は除いています。
◆Micro Nikkor 55mm系
- Micro NIKKOR 55mm F3.5 (1961) 4群5枚
- Ai Micro NIKKOR 55mm F2.8 (1981)5群6枚
- AiAF Micro NIKKOR 60mm F2.8S (1989) 7群8枚
- AF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8G (2008) 9群12枚
- Z MC 50mm F2.8 (2021) 7群10枚
Micro NIKKOR 55mm系のレンズは過去に3本を分析しました。
マクロレンズの基本的な仕組みの説明なども行っておりますのでぜひご覧ください。
◆ Micro NIKKOR 105mm系
- New Micro NIKKOR 105mm F4 (1975) 3群5枚
- Ai Micro NIKKOR 105mm F2.8S (1984) 9群10枚
- AiAF Micro NIKKOR 105mm F2.8S (1989) 8群9枚
- AF-S VR Micro NIKKOR 105mm F2.8G (2006) 12群14枚
- NIKKOR Z MC 105mm F2.8 VR S (2021) 11群16枚当記事
前回は、Fマウント時代の105mm系を分析しました。
今回の記事では、新たにミラーレス専用のZマウントレンズとして開発されたNIKKOR Z MC 105mm F2.8を分析します。
◆ Micro NIKKOR 200mm系
- Ai Micro Nikkor 200mm F4 (1979) 6群9枚
- AiAF Micro Nikkor 200mm F4D (1993) 8群13枚
Fマウントレンズでは200mm系のMicro NIKKORレンズも存在します。
執筆現在(2022年)、まだZマウントシリーズで200mm系は発売されておりませんが是非開発していただきたいものですね。
Micro NIKKORレンズの全体を俯瞰したところで、本題の分析を行いましょう。
私的回顧録
『マイクロレンズ?』
冒頭少し触れましたが、NIKONでは拡大撮影可能なレンズをMicro NIKKOR(マイクロニッコール)を表記しています。
しかし、世間一般では「Macro」(マクロ)と呼ぶのが大勢で、普通はマクロレンズとかマクロ撮影と表現します。
当ブログでも最初にMicro NIKKORの分析を行う際に、コラム欄でも少しMacroとMicroの整理をしました。
関連記事:NIKON Ai Micro Nikkor 55mm F2.8
NIKONでは、顕微鏡のように拡大して撮影のできる光学系を「マクロレンズ」とし、一般的な写真用の拡大レンズは被写体が実寸と同じか又は小さく写るため「マイクロレンズ」と厳格な定義をしています。
※等倍を超える写真用レンズもあります。
最初のMicro NIKKORは、レンズ単体での撮影倍率は0.5倍だったので、撮像素子(当時フィルム)に写る像のサイズは実物の半分なので、表現的にNIKONが言う事は正しいものでした。
しかし、多勢に無勢と言いましょうか、他社は「一般レンズより拡大撮影できる」的な意味合いで「マクロ」の表現を好んで使いましたので、撮影倍率が0.5倍~1.0倍程度レンズをマクロレンズと呼ぶことが一般常識となりました。
私の記憶の範疇でも1980年代にはマクロレンズの呼び方がすでに一般的だったと思います。
ところが、NIKONとしましては、Micro NIKKORの名前を2000年以降も堅持し続けたのです。
2006年に発売のAF-S VR Micro NIKKOR 105mm F2.8Gの公式ホームページの説明を見ると、マクロ撮影との単語は使わずに「クローズアップ撮影」との表現を使って「マクロ」とは意地でも言わない姿勢を見せていました。
ついに、少し状況が変わりますのが2021年発売となる当記事のレンズNIKKOR Z MC 105mmです。
このレンズは「MC」と分類名称が付けれらていますが、このMCとはMaicroなのかMacroなのか明確には読み方の説明がありません。
ホームページ上には、ついに「マクロ撮影用のレンズ」との説明が付きましたが、同時に「マイクロレンズ」の解説も付き、どちらを指すのか良くわかりません。
これぞ、玉虫色な表現を発案したというところでしょうか…
NIKON公式ホームページでの説明を引用させていただきつつ本項を終わります。
マクロ撮影からポートレートまで、ひと際美しいボケと高い解像力とのコントラストが目を惹きつける、最高峰の中望遠等倍マイクロレンズ※
※ マクロレンズは本来、原寸大以上の倍率が得られる顕微鏡のような拡大光学系のレンズを指します。このためニコンは定義の厳密性をより重要視し、各社が「マクロレンズ」と呼ぶ縮小光学系で等倍撮影ができるレンズを「マイクロレンズ」と呼んでいます。
https://www.nikon-image.com/products/nikkor/zmount/nikkor_z_mc_105mm_f28_vr_s/
文献調査
関係する特許が国際公開の形式で開示されおりWO2022-097401が関連するとわかりました。この中の実施例1が形状的に製品と近いようです。
しかし、データの再現がうまくいかず文献に添付された収差図から大きくずれてしまいます。実施例2は、十分に精度良く再現できます。
どういうことかしばし検討してみますと、実施例1の非球面係数A10項の符号をプラスに変えますと文献に添付された収差図と同じ性能になりました。
おそらく、執筆時の転記ミスなのか、あるいは特許庁側でのPDF変換時に誤動作でもあったのか、何か事故があったようですが、符号の問題だけのようですから実施例1の修正版を製品化したとし、設計データとして以下に再現してみます。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
左側図は無限遠(Far)青字、右側図は最短距離(Near)赤字
上図がNIKKOR Z MC105mm F2.8の光路図になります。
左側図は、無限遠(超遠距離Far)にピントを合わせた状態です。
右側図は、最短撮影距離(Near)である撮影倍率(β)1.0倍にピントを合わせた状態です。最も大きく写る距離とも言えます。
11群16枚構成、色収差の補正に効果的な異常分散ガラスを3枚採用し、球面収差や像面湾曲の補正に効果的な非球面レンズを1枚採用しています。
また、ミラーレス専用の設計となったことから撮像素子の近くまでレンズが配置されています。
焦点距離の長いレンズほど、ミラーレスカメラの恩恵は少ないと思われますが、105mmぐらいだとかなり恩恵があるようですね。
とても大口径な非球面レンズを撮像素子近くに配置しており、あきらかに像面湾曲の補正に効果的な雰囲気です。
非球面レンズの採用自体も過去のMicro NIKKORには無い新たな特徴です。
続いてフォーカス方式についてわかりやすく補助線を付けて説明します。
各図の上段は、無限遠(超遠距離Far)にピントを合わせた状態です。
各図の下段は、最短距離(Near)である撮影倍率(β)1.0倍にピントを合わせた状態です。
フォーカス方式は、Fマウントレンズの3代目となるAF-S VR Micro-Nikkor 105mm F2.8Gと同じで、全長の変わらないインナーフォーカス方式となっています。
絞りを中心にはさんで、被写体側のレンズ群(UNIT1)と撮像素子側のレンズ群(UNIT2)が、無限遠から近距離になるに従い絞りに近づくように独立で移動します。
複数のフォーカスレンズ群を独立制御する方式をNIKONではマルチフォーカスと呼んでいます。
縦収差
左側図は無限遠(Far)青字、右側図は最短距離(Near)赤字
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、ZマウントのレンズはどのレンズもFマウント時代のレンズから一段の性能向上が図られている事が他のレンズ分析から判明していますが、このレンズも予想を違わず旧製品よりも一段上の性能のようです。
無限遠(Far)での球面収差は、ほぼ直線でゼロに近い領域です。
最短距離(Near)での球面収差は、無限遠に比べるとマイナス側の倒れが気になりますが、旧製品の無限遠側とたいした差の無いレベルであり最短距離での収差図とは信じ難いレベルの収差量です。
軸上色収差も同様に無限遠では十分に補正されています。
像面湾曲
像面湾曲も十分に補正されています。撮像素子付近に巨大な非球面レンズを配置した効果ではないでしょうか?
まさにZマウントの大口径とミラーレス化の恩恵ですね。
歪曲収差
歪曲収差は中望遠レンズの特性であまり大きくならないので、従来同等に小さくまとめています。
近距離側がほぼゼロとなるようにしているのがマクロレンズらしい配慮でしょうか。
倍率色収差
倍率色収差は無限遠側は理想的なレベルでまとめらており、最短距離側では少々増大しますが旧製品の無限と変わらないレベルには抑えていますね。
横収差
横収差として見てみましょう。
無限遠は、左列タンジェンシャル方向、右列サジタル方向ともにほとんど直線で収差の無い設計です。
最短距離では色収差の影響で収差図に乱れがあるものの、近距離撮影には十二分な性能であることがわかります。
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スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。
無限遠は言う事の無いレベルのスポットの小ささです。
最短距離では、軸上色収差の影響で全体にg線(青)が少々目立ちます。高輝度で明暗差の強い被写体で気になるかもしれませんが、1/2段程度絞れば十分に除去できるでしょう。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
無限遠はこのスケールでも十分に小さくまとまっていますね。
MTF
開放絞りF2.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
無限遠距離では、画面中心部の性能を示す青線のグラフから、画面最周辺部の赤線のグラフまで極めて高い特性です。
最短距離でも画面中間の像高12mm程度までは同様に高くマクロ撮影においても超高解像度が期待できそうです。
最短距離の特性ですら一昔前の一般レンズを凌ぐ性能を有していることがわかります。
小絞りF4.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りのMTFです。
無限遠の特性を見ると、開放性能があまりに高く、逆の意味で変化が少ないようです。
最短距離では、画面周辺部の像高21mmあたりで見られた山の頂点のズレが改善し、画面の隅まで解像度が向上することが期待できそうです。
近距離で開放Fnoでも十分な性能でしょうが、平面を撮影するさいにはひと絞りするのもご検討ください。
総評
他のZマウントレンズは、非常に高い水準の性能でありましたが、マクロレンズもまったくのスキの無い高性能レンズにまとめあげているようです。
ミラーレスのレンズに対する効用は、広角レンズほど現れるものと捉えてしまいがちですが、このZ MC 105mm F2.8を見るとそれだけではない可能性を十二分に見せつけてくれるものでした。
これがミラーレスと大口径Zマウントの効果であるわけですから、「もはやFマウント卒業するのも致し方ない」と心を改める時期ではないでしょうか…
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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作例・サンプルギャラリー
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製品仕様表
製品仕様一覧表 NIKON NIKKOR Z MC105mm F2.8
画角 | 23.1度 |
レンズ構成 | 11群16枚 |
最小絞り | F32 |
最短撮影距離 | 0.29m |
フィルタ径 | 62mm |
全長 | 140mm |
最大径 | 85mm |
重量 | 630g |
発売日 | 2021年6月25日 |