ライカが最初に市販用として製造した標準レンズ、エルマー50mm F3.5の性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
注目の商品
レンズの概要
Leica(ライカ)のカメラと言えば、現代的なカメラシステムの始祖にして現代にもその系譜を残す、世界最高級カメラブランドであることはご存じの事でしょう。
当記事では、Leica誕生期のレンズの性能を分析しますが、まずは歴史的な経緯を確認しましょう。
歴史
Leicaの市販カメラ第一号は、1925年にLeica I (A)として販売されました。
この時のカメラは、まだ固定レンズ式であり、レンズ仕様は焦点距離50mm、FnoはF3.5でした。
その後、Leicaのカメラはレンズ交換システムへと進化し、このレンズは交換レンズにも転用されElmar(エルマー) 50mm F3.5として販売が続きます。
標準
Leica誕生期におけるレンズの仕様が焦点距離50mmであったがゆえ、これを模倣した数多のメーカーも焦点距離50mmのレンズを開発製造し、結果として「標準レンズ=焦点距離50mm」という図式が誕生しました。
いわゆるデファクトスタンダードが、「標準レンズの焦点距離50mmの謎」に対する真相と言われています。
別の側面として、Leicaが選択した「35mm版フィルム」と「焦点距離50mm」の組み合わせは、光学設計的にも非常に正しい選択でした。
焦点距離50mmのレンズは、その後に主流となるダブルガウス型という革命的なレンズタイプに好適な仕様で、小型で大口径なレンズを実現することで現代のカメラ技術発展に大きく寄与します。
例えば、標準が焦点距離35mmだったならば、カメラ黎明期の技術では大口径化が難しかったでしょうし、ダブルガウス型が熱心に研究されずレンズの開発や発展に遅れが出たかもしれません。
Leicaが焦点距離50mmを標準としたのは、Leicaレンズの名設計者Max Berek(マックス ベレーク)の深い洞察力の賜物なのか、Leicaの産みの親Oskar Barnack(オスカー バルナック)の鋭い先見の明なのか、その真相が残されていないのが残念です。
百年
当記事のElmar 50mm F3.5レンズが発売されたのは1925年、執筆現在(2023年)からおよそ100年も前のレンズです。
この当時の光学設計の風景とは、どのような環境だったのでしょうか?
日本初のコンピューターFUJICを富士写真フイルム社(現在のFujiFilm)が完成させたのは1956年で、これは光学設計用として開発されたそうです。
コンピューター技術の分野において先行していた欧米なら、おそらく1950年代前半には光学設計のコンピューター化が始まっていたのでしょう。
今回の記事のレンズはコンピューター化の以前ですから「紙とペン」で設計されているものと思います。
なお、電卓が市販されるのは1963年。
日本の光学設計現場の古い時代の話を聞くと、計算手としてソロバンの名手を集め、光学設計者の指示を受けて膨大な計算をこなしていたと聞きます。
その計算手には女性が多く「光学設計者は、とてもモテた」とも聞きますが、人間関係に気を遣う難しい立場だったのではないでしょうか?
現代のようにコンピュータと「お話し」しながら設計する方が、ずっと気楽で良いかなと私は思ってしまいます。
(ちなみに現代の光学設計者はちっともモテませんね…)
関連記事:私が現存するFUJICを参拝してきた様子はこちらの記事にまとめております。
さて、今回は100年前の現代カメラの始祖たるレンズの分析を行いましょう。
文献調査
まさか「Leica初の市販レンズの特許文献」そんな物が現存しているとは私も思いませんでした…
調べてはみる物で、驚いたことにドイツの特許庁に残る百年前に出願されたLeicaの特許文献が電子化されており、簡単に閲覧できるようになっていました。
ちなみに執筆現在(2023年)、日本の特許文献が電子化されているのは1970年ごろまでなので、およそ50年ほどの情報しか遡れません。
もう少し古い文献も読めますと、当ブログとしてはありがたいものですが。
それではドイツの特許DE343086を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がLeica Elmar 50mm F3.5の光路図になります。
3群4枚構成、この形は1902年のCarlZeissが開発したTessar(テッサー)と同じ形状です。
初期のTessarは、1902年の文献から推測するに35mm版フィルムに換算した焦点距離は38mmで少々広角、FnoがF5.5と暗い仕様でした。
Tessar型は、科学的な手法で主要な全収差のコントロールを初めて実現したとされる近代光学系の最も基礎的な構造です。
このレンズの登場以降、様々な種類のレンズが開発され、現代のカメラにも繋がっていきます。
この銘玉Tessar元に改良を重ねたのがLeica初の標準レンズElmar 50mm F3.5です。
なお厳密に言いますと、本当の最初のLeicaレンズは、少数の試作のみ行われたElmax(エルマックス)が存在します。
Elmaxの構成は、Elmarの最も撮像素子側のレンズが、3枚の貼り合わせとなっている形が特徴でした。
Elmaxは、あくまで試作のみで販売はされていませんから、実質的な最初のレンズは当記事のElmarとなります。
縦収差
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、かなり大きくマイナスに膨らむフルコレクション型で、Tessar型は構成枚数が少ないため、球面収差は完全に補正はできませんが、像面湾曲も同じ方向にズレるため全体としてはある程度のバランスが取れる形となります。
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、大き目ではありますが、この時代はまだ光学設計に使用できるガラスの種類が少ないことも影響しているだろうと思います。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、Tessar型のため全体に大きくマイナスにふくらみますが、サジタル方向とタンジェンシャル方向の差で非点隔差はある程度抑えられています。
Tessar型(4枚構成)よりも簡易的なTriplet型(3枚構成)では、球面収差や像面湾曲などはある程度の補正ができるものの非点隔差が大きく残ります。
非点隔差もある程度の補正をすることができるため「Tessar型は全収差をコントールできる」とされる理由です。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、少しプラス側に倒れるため撮影すると糸巻き型にゆがみますが、量的には現代的レンズと差がありませんので優秀です。
Tessar型は対称型に近いため、歪曲収差が発生しづらいものと推測されます。
倍率色収差
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差も対称型に近いレンズ配置のため、抑えやすい物ですが、現代レンズかと思うような見事な補正が施されています。
ほとんどの収差は絞りを小さくすることで、光線がカットされ収差としては低減し、一般には「絞ると画質が向上する」と言われます。
しかし、倍率色収差は、絞ると目立つ事が多い収差です。
この時代のレンズは開放Fnoで撮影することは推奨されておらず、絞って撮影することを前提としていたはずなので、倍率色収差を抑える事で使用頻度の高い小絞り側の撮影画質の向上を意図しているのではないでしょうか。
横収差
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。
左列タンジェンシャル方向は、球面収差のマイナス側への膨らみはピントのズレも示しているので、横収差で表現するとグラフの倒れ(傾き)となり「halo(ハロ)」と呼びます。
全体的にハロの影響がでておりますが、画面の中間部の像高12mmまでは非対称成分「coma(コマ)」収差は少ないようで、中間部までの解像後は期待できそうですが、画面周辺の像高18mmでは急激にコマ収差が発生し解像度が落ちるようです。
右列サジタル方向は、同様に全体に倒れる倒れてはいるもののFnoがF3.5と控えめなことから、極端に大きいわけでもないようです。
大口径レンズのようなサジタルの横収差のグラフ端が急峻に増大するいわゆる「サジタルコマフレア」は出ていません。
新刊
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
FnoがF3.5と控えめなこともあり、画面中心から中間の像高12mmまではサービス版ぐらいで見る分には鑑賞に耐えうる仕上がりになりそうです。
画面の周辺の像高18mmを越えると絞り込まないと厳しい画質でしょう。
MTF
開放絞りF3.5
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
開放絞りでのMTF特性図のグラフを見ると、スポットからの推測どおりで画面中心(青)は十分高く、画面の中間の像高12mm(緑線)あたりまでは実用に耐えうる程度で、画面の周辺の像高18mmではサジタル方向は問題無いものの、タンジェンシャル方向はほとんどゼロに近いですね。
小絞りF5.6
FnoをF5.6まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
懸案の画面周辺の像高18mmのタンジェンシャル方向も少し数値を戻し、実用的な解像度が期待できそうです。
総評
近代的なカメラの始祖にして現代も最高峰のカメラLeica。
百年前に設計された、その「はじまりのレンズ Elmar 50mm F3.5」の性能には感慨深いものがあります。
この時代、コンピューターによるシミュレーション技術があったわけではありませんから、実際に試作を行い性能を検証しさらに設計値に磨きをかけてから市販されていたと推測されます。
よって、今回の設計値が妥当なのか?さらに磨きにかかった真実の設計値が存在するのか?まだまだ研究の興味は尽きる事はありませんね。
その後のライバルSonnar 50mm F1.5の記事や、これに対抗したLeica大口径標準レンズの発展についても記事にまとめてありますのでご参照ください。
関連記事:Sonnar 50mm F1.5
関連記事:Leica標準レンズ大口径化の歴史 Xenon Summarit Summilux
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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製品仕様表
製品仕様一覧表 Leica Elmar 50mm F3.5
画角 | 46度 |
レンズ構成 | 3群4枚 |
発売日 | 1925年 |
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