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【深層解説】Leica標準レンズ大口径化の歴史 Xenon Summarit Summilux 50mm F1.5/F1.4 -分析119

この記事では、現代カメラの始祖として有名なライカの標準レンズが大口径化されてゆく歴史の一端について、関係する特許情報から分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

作例写真は準備中です。

レンズの概要

Leica(ライカ)のカメラと言えば、現代的なカメラシステムの始祖にして現代にもその系譜を残す、世界最高級カメラブランドであることはご存じでしょう。

今回の記事では、初期のLeicaレンズが大口径化されてゆく歴史的な経緯について、いくつかの特許文献を基に分析したいと思います。

まず、簡単にLeica創成期の標準レンズの歴史をご紹介します。

最初のレンズ

Leicaのカメラ市販一号機Leica I(A)はレンズ固定式で、焦点距離50mm F3.5の仕様でした。

このレンズは後にElmar 50mm F3.5の名で交換レンズとしても発売されました。

上図が、1920年代にLeicaが出願した特許に記載された実施例情報から再現したElmar 50mm F3.5です。

 関連記事:Leica Elmar 50mm F3.5

レンズは3群4枚構成で、この形を一般に「Tessar型」(テッサー)と呼びます。

Tessarとは、ドイツの名門光学企業CarlZeiss(カールツアイス)が1902年に開発したレンズで、Leicaはこれを原典に独自の光学系を開発しました。

そしてLeica製のTessarをElmar(エルマー)と命名し販売しています。

このLeica Elmarの焦点距離が50mmであったが故に、Leicaを模倣した数多のメーカーも標準レンズを50mmに倣い、結果的に「標準レンズ=焦点距離50mm」となりました。

ライバル出現

その後、1930年代に入ると、CarlZeiss社も35mmフィルム用のカメラシステム「CONTAX」を開発しました。

その標準レンズとして、当時では驚異的にFnoの明るいSonnar 50mm F2.0やSonnar 50mm F1.5の大口径レンズを市場へ投入します。

上図は、CarlZeiss社のSonnarの光路図です。

 関連記事:Sonnar 50mm F1.5

Sonnarは貼り合わせ面を多用することで、レンズ内の乱反射によるハレーションを低減させる独特な設計が施されています。

これにより、コーティング技術の無かった当時、無双の高性能で市場を席捲したと言われています。

Leicaの応酬

CarlZeiss社のSonnarに対抗するためLeicaでは、変形ダブルガウス型を採用したXenon 50mm F1.5(クセノン)を1936年に発売します。

しかし、このLeica Xenon 50mm F1.5は、Triplet(トリプレット)を開発したことで有名なTaylor Hobson社の特許(1930年)に抵触していたようで、特許使用料を払いながら販売していたようですが、Sonnarには対抗できず、売れ行きは良くなかったようです。

上図は、1896年に出願された特許から再現したTaylor Hobson社のTripletです。

ちなみにTripletは、最小構成枚数で各種収差をそこそこに補正することができる画期的なレンズです。

その後、Taylor Hobson社の変形ダブルガウス型の特許の期限が切れると、1949年からLeicaはXenonの名称を変えSummarit 50mm F1.5(ズマリット)として販売を継続しています。

さらに、1959年には同じダブルガウス型を継承しつつリファインしたSummilux 50mm F1.4 1st(ズミルックス)を発売しています。

Xenon、Summaritのレンズの構成図は同一とされており、最後発のSummiluxはリファインされておりますが、よく見るとわずかにわかる程度の違いしかありません。

後年

CarlZeissのSonnar型は、レンズと空気の接触面が少ないためレンズ内での光線の乱反射が低減され、ハレーションの少ない高解像を得られる特色がありました。

しかし、1950年代になりコーティング技術が出現したことでハレーション問題は低減し、Sonnarはその役目を終えダブルガウス型の時代が到来します。

そして、ダブルガウス型のレンズは、1960年代以降の一眼レフカメラ時代には特に重宝され、現代レンズのお手本のような存在になりました。

Leicaは、ダブルガウスの基本性能の高さにいち早く気が付いていたものの、Sonnarに打ち勝つには数十年の歳月を要したのです。

さて、今回の分析記事では、Xenon 50mmを悩ませたTaylor Hobson社の特許と、Summilux 50mm F1.4 (1st)を分析することで、創成期のLeicaの苦難の道を確認して参りましょう。

この話の年表

  • 1925年 Leica市販第一号発売 (50mm F3.5搭載)
  • 1932年 CarlZeiss Sonnar 50mm F1.5発売
  • 1930年 Taylor Hobson社 変形ダブルガウス特許を出願
  • 1936年 Leica Xenon 50mm F1.5発売
  • 1949年 XenonからSummarit 50mm F1.5へ名称変更
  • 1959年 Summaritを改良したSummilux 50mm F1.4 (1st)発売

文献調査

Leica初の大口径標準レンズXenon 50mm F1.5は、Taylor Hobson社の特許に抵触していた関係で鏡枠に米国向けと英国向けの製品にはPatent No(特許番号)が刻まれています。

そのため調べるまでもなくTaylor Hobson社の米国特許の文献番号はUS2019985であるとわかります。

続いて、後年Xenonとほとんど同じ見た目でリファインされたというLeicaの大口径標準レンズSummilux 50mm F1.4 (1st)は、ドイツの特許庁にLeicaが出願した情報が残っており、DE1045120であることが知られています。

今回は、この2件の特許文献からレンズを再現しTaylor Hobson社 50mm F1.5とLeica Summilux 50mm F1.4 (1st)の設計値として分析を行います。

なお、Summiluxは第1世代と光学系の構成が見直された第2世代がありますが、今回の記事では第1世代(1st)を扱います。

 関連記事:特許の原文を参照する方法

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

恥ずかしい話ですが、マンションの壁をカビさせたことがありますが、防湿庫のカメラは無事でした。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

上図の左がTaylor Hobson社 50mm F1.5、右がLeica Summilux 50mm F1.4 (1st)の光路図になります。

どちらも5群7枚構成、対称型配置のなかでもダブルガウス型で、そこに撮像素子側へ1枚追加したタイプです。

右側Leicaのレンズは、XenonとSummaritも同じ見た目の構成で、ガラス材料が変わっているなどマイナーチェンジが行われているようです。

左側Taylor Hobson社のレンズは、構成こそLeicaと似ていますが第2レンズと第3レンズの貼り合わせ面の向きが異なるなど見た目に明かに違いがあります。

縦収差

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、左のTaylor Hobson社のレンズがグラフの上端が大きくプラス側へ曲がっています。

一方で右のLeicaレンズは現代的レンズに比較すれば少々劣りますがしっかりと補正されています。

コンピュータでの設計が始まる前の話ですから驚異的です。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差も同様で、Taylor Hobson社は極めて大きく、Leicaのレンズは現代的レンズとも引けを取らないレベルの補正が施されています。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、Taylor Hobson社は極めて大きく、Leicaのレンズは適切な補正が施されています。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、双方供に対称型光学系の強みで歪曲収差は極めて少なくなっています。

倍率色収差

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、対称型光学系では小さくしやすいのですが、Taylor Hobson社はだいぶ暴れた状態ですね。

横収差

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

左のTaylor Hobson社は「何かの間違いか?」と少々心配なレベルで100年前の設計とはいえ悪すぎるかなと思います。

右Leicaの左列タンジェンシャル方向は、画面中央の像高6mmあたりでのコマ収差(非対称)が残ります。

これは、第2レンズと第3レンズの貼り合わせをやめ、レンズのカーブを少しずらすと改善できるのですがコーティングの無い時代はゴーストやハレーションを抑えることができないため実現できませんでした。

右Leicaの右列サジタル方向は、この構成枚数では現代でもこの程度までしか補正することはできません。

後年、コンピュータによる設計とコーティング技術の発展により、同じ構成枚数でもさらに収差を補正した例としてNIKKOR 50mm F1.4Dを参考されると良いでしょう。

 関連記事:NIKON NIKKOR 50mm F1.4D

スポットダイアグラム

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

左のTaylor Hobson社はかなり厳しく、100年前の当時でも実用性は低そうです。

右のLeicaは、中心から中間部までは現代レンズ並みでありますが、画面周辺の像高18mmを越えると少々ちらばりが広がります。

MTF

左図Taylor Hobson社 50mm F1.5、右図Leica Summilux 50mm F1.4 (1st)

開放絞りF1.5 F1.4

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると

左のTaylor Hobson社は、べったりと全体に低く、ほとんど山の形になっていません。

右のLeicaは、画面の中心(青線)は現代レンズと同程度に高いですが、中間部の像高12mm超えると山の高さ、位置ともの低下が目立ちます。

小絞りF4.0

FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

総評

諸説あるようですがLeicaのXenon 50mm F1.5は「Taylor Hobson社の設計を参考にした」と説明されることがありますが、Taylor Hobson社の特許から推測するに、まだダブルガウス型の本来の実力を発揮域に達していなかった感があります。

すべては推測ですが、Xenonは独自に設計しSummiluxに近い高性能であったものの、偶然にも似た構成で特許を取られてしまい、将来性の高さを見越して仕方なく特許使用料を支払ったのではないでしょうか?(なおXenonの設計はSchneider社)

特許使用料を支払うということは、当然売価も上がり営業上は苦しくなってしまいます。

またXenonは、CarlZeiss社のSonnar型よりも、収差補正が秀逸であってもレンズ内部のハレーションで解像度が低下し、市場の評価は上がらず、性能面でも不遇なレンズでありました。

しかし、当時は不遇であったXenonやSummiluxですが、収差補正的には優れた構成であったため、これをベースとしたSummilux 50mm F1.4 (第2世代)やNoctilux 50mm F1.0など多くのLeicaの銘玉へ発展しました。

さらに、日系メーカーも追随して開発することで、この後はダブルガウスの時代を構築します。

さて、Summiluxの面影を残すダブルガウス型のレンズは現代でも多くあります。

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作例・サンプルギャラリー

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製品仕様表

製品仕様一覧表 Leica Summilux 50mm F1.4

画角46度
レンズ構成5群7枚
最小絞りF16
最短撮影距離1m
フィルタ径--mm
全長--mm
最大径--mm
重量325g
発売日1959年

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