この記事では、ニコンの一眼レフカメラFマウントシステム用の交換レンズである大口径標準レンズAI AF 50mm F1.4Dの歴史と供に設計性能を徹底分析します。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
レンズの概要
1959年に発売が開始されたニコン初の一眼レフカメラ「NIKON F」には専用の「Fマウントレンズ」が用意されました。
その後、NIKON Fシリーズは、激動の昭和から平成の終わる2018年まで一貫したマウント構造を維持しながら発展を続け、カメラと供に多くの銘レンズを発売し続けました。
さらに2018年以降は、ミラーレス一眼カメラとして進化したZマウントシステムへ移行し、新たな発展を続けています。
これまでに半世紀以上続くFマウント/Zマウントのレンズシリーズは、標準レンズである焦点距離50mm台のレンズも多数発売されました。
そこで、現在(2020年)でも入手可能なNIKONの標準レンズの分析をシリーズ化して行います。
現在、NIKONの標準レンズ(焦点距離50mm台)の製品は以下の製品が販売されています。
Fマウントレンズ
- AI AF NIKKOR 50mm F1.8D
- AF-S NIKKOR 50mm F1.8G
- AI AF NIKKOR 50mm F1.4D
- AF-S NIKKOR 50mm F1.4G
- AF-S NIKKOR 58mm F1.4G
- Ai NIKKOR 50mm F1.2S
※Ai 50mm /f1.2Sは在庫限り
Zマウントレンズ
その総数は実に8本と脅威的、しかもそれぞれに光学系は異なるようです。
なお、Zマウントレンズとも言われるNIKKOR Zは最新のミラーレス一眼カメラ用のレンズです。
Zマウントカメラは、例えば以下のような製品が発売されています。
Zマウントのカメラには、マウントアダプターを装着すると一眼レフ用のFマウントレンズなどを利用することも可能です。
逆にZレンズはミラーレス専用ですから、一眼レフのFマウントカメラには装着できませんのでご注意ください。
今回のレンズ
標準レンズシリーズの中で、当記事で分析を行うレンズはNIKON AI AF NIKKOR 50mm F1.4Dです。
今回は標準レンズ分析シリーズ記事の第3回目、前回までは少し暗いレンズF1.8D、F1.8Gを分析しましたが、今回はF1.4Dと少し明るい仕様になります。
このF1.4DのレンズはNew Nikkor 50mm F1.4S(1976年発売)から光学設計の変更は無いようです。
F1.8Dの光学系は、元々は1978年発売の製品から流用されているので、わずかにF1.4Dの方が出自が古いようです。
私的回顧録
一眼レフカメラのマニュアルフォーカス機時代末期となる1980年代には各社から50mmF1.4が販売されており、F1.4こそが「真の標準レンズ」の扱いであったと思います。私も初めての一眼レフカメラのレンズはF1.4でした。
しかしその後、オートフォーカス化と伴にレンズが大型化かつ高価になり、また販売上ズームレンズが標準の扱いとなりF1.4は影の薄い存在に…
ふと気付くと安く小さいF1.8が単焦点入門用としての標準レンズに位置づけられ、F1.4はますます影が薄くなっていきます。
さらにデジタル時代黎明期は、APSサイズのセンサが主流でしたから、APSカメラとしては焦点距離の長い50mm自体が微妙な存在なっていました。
2010年代に入りフルサイズセンサのカメラが低価格化すると、世界的に発生した「ボケを愛でる文化」の浸透と共に、50mmF1.4があらためて見直され再度開発されていると言うのが2015年前後の状況でしょう。
光学系的にはミラーの有る一眼レフにはガウスタイプがぴったりなわけですが、今後、全社完全ミラーレスの時代となると今度はショートバックに使われていたゾナータイプが再興するんでしょうかね?
文献調査
残念ですが、直接このレンズの設計値らしき特許は発見できませんでした。この辺りの年代は、特許文献が電子ファイル化の前後の時代なのでまだ電子化されていないのか、調査不足なのかわかりません。
ただし、構成がかなり近い文献がありましたので、特開昭57-161822が近い性能だろうとして分析してみます。この文献は製品の発売から5年ほど後に出願されていますから設計値ではないことは明らかです。しかし、ガウス変形タイプの光学系ならば変形部分の構成が同じであれば酷似した性能になるはずです。
見た目が良く似る実施例1を設計値と仮定し、設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容について簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がNIKKOR 50 F1.4Dの光路図です。
レンズの構成は6群7枚、対称型ガウスの撮像素子側に1枚凸レンズを追加しています。
非球面レンズは非採用です。F1.8Dの撮像素子側に1枚凸レンズを足したと表現するのが適切でしょうか。
レンズの材料に特筆すべき物はありませんが、F1.8Dは材料も対称配置で2種しか使っていませんが、この/f1.4Dでは5種類使われいます。
Fnoが大口径化するとガウスタイプでも球面収差や色収差の補正が困難で対称構造は維持できなくなってきますが材料の配置にもそれが現れています。
冒頭で説明したようにこの製品の設計値と思われる特許文献はみつかりませんでした。
この設計事例は、製品発売の数年後にNIKONが出願していた50mmF1.4Dとよく似た構成のレンズです。
レンズの微妙な形状や材料などは製品とは異なるものと思います。
縦収差
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差と、画面の中心の色にじみを表す軸上色収差から見てみましょう。
40年ほど前のF1.4大口径レンズですから球面収差、軸上色収差ともかなり甚大な量かと思いましたが、適度には収まっています。
像面湾曲がそこそこに小さく補正されており、合わせて球面収差も中間部が0に近くなる補正をしているので開放でふんわり感を楽しめ、絞り込むとキリキリと性能が上がるタイプです。
当ブログでは現代レンズのリファレンスとしてSIGMAのArtシリーズを分析しており、ちょうど50mm F1.4は同じ仕様のレンズがありますが、SIGMAのレンズ収差量のおよそ3倍ほどの量でしょうか。
当然、SIGMAレンズは構成枚数も多く重量やお値段も立派な物です。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、中間部まではサジタルとタンジェンシャルの差は少なく、画面の端では差が開くガウスタイプらしい特徴ですが、絶対値は大きなものではありません。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、わずかに樽型になりますが、対称型のガウスタイプの特徴で絶対値的には小さな範囲です。
倍率色収差
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差も、同様にガウスタイプのため絶対値的には小さいです。F1.8Dのグラフと顔つきが変わるのは対称構造からずらしたためでしょう。
横収差
タンジェンシャル方向、サジタル方向
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。
先端部と中間部の差で見るとボケ具合がわかりますが、画面中心部(一番下のグラフ)だけ見てもF1.8Dの、1.5倍はあるでしょうか。開放はだいぶふんわりとしているでしょう。
レンズフィルターのマグネット化システム誕生
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
やはり、画面中心(一番上のグラフ)からすでにスケール一杯のフレア感です。c線(赤)のスポットは小さく補正されており、g線(青)のフレアとなるので見栄えは良いと思います。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
現代的な超高性能レンズ用の表示スケールであるため、いわゆるオールドレンズの域にあるこのレンズに適用するのは少々厳しいですね。
MTF
開放絞りF1.4
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
F1.8Dに比較して中心から像高18mmぐらいの中間領域までは20ポイント程低下しています。
小絞りF1.8
今回はF1.8DやF1.8Gとの比較でF1.8まで絞った状態のMTFを算出しました。
一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
かなりの改善量で、画面中心近傍はF1.8Dは超えF1.8Gに近いレベルになります。
小絞りF4.0
さらにFnoをF4まで絞った状態のシミュレーション結果です。
十分高いもののF1.8Dの小絞りF4.0と比較するとさほど変わりません。
ガウスタイプのレンズは球面収差がフルコレクション形状になること、倍率色収差が異常に小さいこと、が基本的な特徴となっており、結果として絞るとMTFが異常に改善する特徴を発揮します。
そのため開放Fnoを少し無理をして明るいレンズであっても小絞りではMTFが改善し、キリキリと解像するようになります。
総評
ガウスタイプの基本的な性能の高さもあって、少ないレンズ枚数でF1.4を達成した美しいレンズです。開放はかなりふんわりとした様子で低解像度ですが、F1.8まで絞ればF1.8Gに近い性能になり、F4では現代的なレンズとも差がありません。
1本で両得とも言えそうです。このように古いレンズであっても特徴を抑えておくと色々な楽しみ方が出るのがレンズ遊びの奥が深いところでしょうか。
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
マウントアダプタを利用することで最新のミラーレス一眼カメラでも使うことができます。
このレンズに最適なミラーレス一眼カメラをご紹介します。
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製品仕様表
製品仕様一覧表
画角 | 46度 |
レンズ構成 | 6群7枚 |
最小絞り | F16 |
最短撮影距離 | 0.45m |
フィルタ径 | 52mm |
全長 | 42.5mm |
最大径 | 64.5mm |
重量 | 230g |
初期発売日 | 1976年 |