現代(2021現在)では、世界中の人々が手にしているスマートフォンですが、カメラとしての仕組みや構造をご存じの方はとても少ないのではないでしょうか?
そもそも、スマートフォンの中にカメラが内蔵されていると言われても「本当にレンズが入っているのか?」不思議に感じるサイズです。
そこで、スマートフォン用カメラのレンズと、フルサイズの一眼レフカメラ用のレンズを比較することで、より深くレンズを分析してみたいと思います。
当記事は、スマートフォン用のカメラの代表であるアップル iPhoneのレンズと、少々古い製品ですがシグマのフルサイズ用レンズ 28mm F1.8の性能比較分析・レビュー記事になります。
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レンズの概要
当記事で紹介するレンズは、過去に個別に詳細分析を行っておりますので、もし未読でありましたら下記をご参照ください。
関連記事:Apple iPhone
関連記事:SIGMA 28mm F1.8 EX DG Aspherical Macro
Apple iPhone用レンズはフルサイズ換算の焦点距離で約28mm程度、FnoはF1.8の仕様となっています。
今回は、過去に分析したスマートフォンのレンズと、フルサイズレンズを比較する企画ですが、焦点距離28mmかつFnoがF1.8仕様のレンズは意外な事に少ない…そんな難しい事情があります。
当初は、NIKKOR 28mm F1.8Gがふさわしいかと考えていたのですが、どうもそれらしい特許が発見できません。
ネットで検索するとコレがNIKKOR28mmだと言う記事がいくつかヒットしますが、どれも製品と形状がかなり異なりますので、私には同一には見えません。
もし、NIKKOR 28mm F1.8Gの特許文献をご存じの方がいらっしゃればご連絡をお待ちしております。
そこで少々、時代やグレードが異なることは承知の上でSIGAM 28mm F1.8と比較することにしました。
当記事で分析するApple iPhone用のレンズは推定では2017年に発売のiPhone8に搭載されている物に近いとみておりますが、比較しますSIGMAのレンズは2001年発売と発売時期だけでも15年以上の開きがありますので、あくまで参考程度の比較でお願いいたします。
スマートフォンのカメラ分析の前に懐かしい携帯電話のカメラから思い出してみましょう。
携帯電話の始祖と言えば、すでに死語のような気もしますが「写メール」の名で一時代を築いたシャープの携帯電話です。
当時、シャープが初めて発売したカメラ付き携帯電話J-Phone「J-SH04」(2000年発売)のカメラの画素数は、わずか11万画素で感覚的な表現ですが「切手ぐらいサイズでなら見れる」そんなレベルの画質でした。
最初のカメラ付き携帯と同じ時代(2000年ごろ)のコンパクトデジタルカメラの画素数は、200万画素に達しフィルムコンパクトの終焉が見え始めた時代です。
初期の携帯電話のカメラは画質が低いことも問題でしたが、通信費も高いのが気がかりで、私の初見の感想としては広く普及するとは思えませんでした。
通信費については、知らないうちに法外な金額になってしまう「パケ死」なる単語が登場したのも写メール登場後からではなかったでしょうか。
しかしながら、カメラ付き携帯電話は、3G携帯の普及とともに市民権を得ていき、2005年ともなりますとカメラの無い携帯電話の方が少数派だったと記憶しています。
ちなみに最初のカメラ付き携帯電話J-SH04は、国立科学博物館の未来技術遺産に登録されているそうです。(2014年登録)
そして、2007年には初代iPhoneが発売となり、2010年代に入り高速な4G通信が開始されるとスマートフォンが主流の時代となり、2013年のiPhone5の頃にはコンパクトカメラとの関係性が逆転しスマートフォンの優勢が明確になります。
2017年のiPhone8発売の頃にはスマートフォンの影響により、コンパクトデジタルカメラ市場は蒸発したかのように売れない時代に突入しました。
そんな中でもRICOH GRシリーズのような根強い人気のコンデジもありますから、まだまだ改善の余地はあるのではなかろうかと思いますが…
関連記事:RICOH GRシリーズ比較
さて、今回のテーマにしていますApple iPhone8までの時代を振り返ったところで、本題のレンズ分析にまいりましょう。
設計値の推測と分析
今回の分析対象であるApple iPhoneレンズは「1/3インチ型」と言われる極小サイズの撮像素子(CMOSセンサ)です、一方の比較対象SIGMA 28mm F1.8 EXは「フルサイズ」ですから撮像素子のサイズが大きく異なります。
上図はフルサイズの撮像素子の大きさと、1/3インチ型と呼ばれるスマートフォンやコンデジなどに使われる撮像素子の大きさを比較しています。
1/3インチ型と言っても厳密な規格があるわけではありませんので代表的な物と見てください。
縦横の長さでおよそ7倍の差です。
光学系は撮像素子のサイズに比例の関係になりますから、大雑把に言えばレンズのサイズも長さや径でおよそ7倍の差になるはずです。
ここで問題になるは、この小さなレンズと大きなレンズをどのように比較するかと言う課題です。
当ブログでは、レンズ性能としての比較を容易にするためグラフ類のスケールをフルサイズレンズと並べて比較できるように調整しています。
もう少し、イメージ的にこれを表現すると、 Apple iPhone 用レンズを「もしもフルサイズセンサ用に拡大したらこうなる」になるようグラフの尺度を変更してあり、光学系としては並べて評価が可能となります。
注意事項としては、レンズ的(光学的)にはこの評価で特に問題はありませんが、実際の写真としてはセンサの小さいカメラはノイズや画素数の点でより大型のセンサには劣ります。
またスマートフォンのカメラは様々な画像理処理技術が駆使されていると言われていますので、レンズ自体の性能のイメージと結果の写真には少々の乖離があるのかもしれません。
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図が左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX DGの光路図になります。
表示比率を合わせておりますので、実際のサイズ比と同様になっています。
説明無用ですが、左のApple iPhoneレンズは、見るのが困難なほどに「ちっちゃいですね…」
Apple iPhoneレンズは、総厚みで5mmほどですし、あの薄いスマートフォンの中に納まっているのですから当然ではあります。
さすがに見づらいので、撮像素子のサイズを同一にして表現してみましょう。
上図は、撮像素子が同じ表示サイズになるように拡大した、左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EXの光路図になります。
イメージ的には「もしiPhoneのレンズがフルサイズ用レンズになったら…」と仮想的に表示していると見てください。
構成を改めて比較してみますと、Apple iPhoneのレンズは6群6枚構成で全てのレンズが非球面レンズで構成されています。
一方のSIGMA 28mm F1.8 EXは9群10枚で赤色線で示す2枚が非球面レンズです。
SIGMA 28mm F1.8 EX はミラー有の一眼レフカメラ用であるためレンズと撮像素子の間の距離であるバックフォーカスが長いのが特徴的です。
Apple iPhoneはレンズ固定式なので、撮像素子の手前ギリギリまでレンズが迫っています。
Apple iPhoneは6枚全てのレンズが非球面ですが、第5第6レンズはこれをレンズと呼ぶにふさわしいのか疑問が沸くほどの脅威的な形状です。
SIGMAのレンズでおわかりかと思いますが、一般のカメラ用の非球面レンズは目視でわかるほどのいびつな形状はしていません。
形状がいびつであるほど加工が難しいなどの難題が多数発生するためです。そして加工が難しいと言うことは、たいそう高価になるとも言い換えられます。
過去に分析したレンズで最もいびつなフルサイズ用の非球面レンズは、NIKON 14-24mm F2.8の第1レンズあたりでしょうか。
関連記事:NIKON NIKKOR 14-24mm F2.8
しかし、Apple iPhoneは安価でいびつな非球面レンズを実現しています、この理由はどこにあるのでしょうか。
その理由とは、プラスチック材料を使っていることです。
Apple iPhoneのレンズは全てプラスチック材料であり、プラスチック材料は温度補償などに懸念はあるものの加工自由度が高いので自在な形状を実現できます。
この技術をフルサイズレンズへ転用すれば良いのでは?と思われるかと思いますが、フルサイズほどの大きさへ転用するのは各社の状況を見ていますとまだ課題が多いようですね。
逆の見方をすると、これだけ多数の非球面レンズを利用してもレンズ厚みとしては「半分ほどにしかならない」というのがレンズ設計の難しい点でしょうか…
縦収差
左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差は、、Apple iPhoneは何度かうねりながら平均的小さくまとめています。非球面レンズが多いほど球面収差は小さく収めることが容易な収差です。
SIGMA 28mm F1.8は、少々マイナス側に収差を残すものの比較的素直な直線的な特性をしています。
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、さほど両者に差が無いようで、プラスチック材料でできているiPhoneレンズはかなり不利ではないかと見ていましたが健闘していると言えるでしょう。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、Apple iPhoneは何度かうねりながら平均的小さくまとめています。SIGMA 28mm F1.8はグラフ上端の画面の周辺部へいくほど変動が大きく、巨大と言えるフルサイズ撮像面全体を均一にするのがいかに難しいかを感じます。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、広角レンズなら通常マイナス側にグラフが膨らみ写真としては樽型になりやすいのですが、Apple iPhoneではプラス側へずれています。非球面レンズを多用しているからそうなるのでしょうか?
倍率色収差
左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、意外な事にプラスチック材料を多用するAppleが健闘しています。プラスチックのレンズ材料は材料の特性が限定されるためガラスほどの自由度が無く補正が難しいと思われますがそこそこに補正されています。
これは比較相手のSIGMA 28mm F1.8の倍率色収差が若干大きめであることも理由です。現代的な設計の代表例であるSIGMA 28mm F1.4 Artなどをご覧いただくと、双方とも大きいことがわかりやすいでしょうか。
関連記事:SIGMA 28mm F1.4 Art
横収差
左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差を見てみましょう。
SIGMA 28mm F1.8は設計も古く、お値段も大変なお手頃価格ですから、かなりの暴れん坊な性能です。
一方のApple iPhoneは、画面の周辺部はわずかに苦しいもののかなり均一性が高いようです。
新発売
スポットダイアグラム
左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
Apple iPhoneのスポット形状の安定感は目を見張るものがありますね。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
MTF
左図Apple iPhone、右図SIGMA 28mm F1.8 EX
開放絞りF1.8
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
Apple iPhoneが全体的に山は高いようですが、SIGMA 28mm F1.8も頂点を巧みに一致させており、画面全体のバランスは上々です。
総評
今回は、スマートフォン用のレンズとフルサイズ用のレンズを比較する一見すると無理・無謀な行為かもしれませんが、性能的に勝った負けたと言いたいわけではありません。
双方の技術の融合したその先に未来のレンズ像が見えてくるはず、との憶測でこの分析を進めてみました。
ふたつのレンズを並べることで、遥か彼方にある未来のレンズ面影がふと垣間見られたのではないでしょうか?
改めて、それぞれの詳細な分析記事は以下をご参照ください。
関連記事:Apple iPhone
関連記事:SIGMA 28mm F1.8 EX DG Aspherical Macro
まったくの余談ですが、冒頭にてシャープのカメラ付き携帯電話の話をしましたが、このメーカーは液晶TVにしても携帯電話でも本当に目の付け所がシャープだったのですが、経営危機もあり今は台湾企業の傘下となっています。
一方で、最近はLeicaレンズ搭載スマートフォンを開発するなどまた目の離せない商品を開発しておりますので再び一波乱起こしていただきたいものですね。
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以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁