ミラーレス一眼カメラとは、レンズ交換式カメラの一種で、現在では一眼レフカメラに代わり最も主流の方式となっています。
かつては、高級カメラと言えば一眼レフカメラでしたが、2013年から高級ミラーレスの普及が進み、2020年には立場が逆転しミラーレス一眼が市場を席捲するようになりました。
この記事では、改めて一眼レフカメラの構造を振り返りながら、ミラーレス一眼のしくみを解説します。
なお、私「高山仁」はプロレンズ設計者として長年に渡りレンズの仕組みを研究してきた光学技術者で、現在は様々なレンズの分析と批評を行うウェブサイト「レンズレビュー」を運営しています。
この記事ではミラーレス一眼の内部光学系の様子や、撮影レンズにはどのような効用をもたらしたのか?
レンズのプロが光学シミュレーションなどを使って世界で最も詳しく解説します。
ミラーレス一眼カメラとは
ミラーレス一眼カメラの言葉の定義から確認してみましょう。
ミラーレスとは
まずミラーレスとは
直訳すれば「ミラー(反射鏡)が無い」
の意味です。
一眼とは
一眼とは
写真の構図を決める「ファインダー光学系と、撮影用の光学系が共通(ひとつ)である」
との意味になります。
ミラーレス一眼カメラを簡単に表現すれば「一眼レフカメラから、反射鏡(レフ)を取った(レス)カメラ」になります。
本来は「レフレスカメラ」とすればわかりやすかったのですが「ミラーレス」の単語が先行して広まり現在に至ります。
改めて、一眼レフカメラとは?
ミラーレス一眼カメラの前に、まずは「一眼レフカメラ」について簡単におさらいしてみましょう。
※詳しくは過去の記事「一眼レフカメラしくみ」を参照してください。
一眼レフカメラは、「撮影状態」と「ファインダーでの構図合わせの状態」をミラー(反射鏡)により切り替えることが構造上の大きな特徴です。
上図上段は一眼レフカメラの撮影レンズの撮影状態を示すもので、撮影時にはミラーが退避しています。
下段は、一眼レフカメラのファインダーで構図を合わせる時の様子で、ミラーが撮影レンズの後部へ展開しカメラ上部のファインダー側へ光を折り曲げ導いていることがわかります。
一般的な一眼レフカメラは、折り曲げた光を見やすくするためにペンタプリズムや接眼レンズを備えています。
上図が一眼レフカメラの光学的な構造図になります。
なお、撮影レンズ(Taking Lens)は、過去に詳細分析を行っているNIKON 35mm F1.8Gになります。
関連記事:NIKON AF-S NIKKOR 35mm F1.8G
どうしてこのように複雑な構造なのか?根本的な原因は「フィルム」という撮像素子にあります。
デジタルカメラが主流となった現代、写真を撮影するための撮像素子は「CMOS」というデジタル素子が使われています。
しかし、2000年ごろまではフィルムというアナログ方式が主流でした。
写真用のフィルムとは、光を当てると変質する化学物質を、プラスチックのシートに塗布しておき、パトローネ(ケース)へ詰めたものです。
このフィルムに、レンズを通した光を当てることで、像を写し込みます。
その後、この撮影済フィルムへ現像処理やプリントを行うことでようやく写真を見ることができます。
フィルムというものは、撮影した画像を瞬時に観察することができません。
そのため、撮影する像を観察するための色々な仕組み(ファインダー機構)が、発明されてきました。
最終的に主流となったのが、撮影する状態とファインダーをミラーで切り替える一眼レフカメラの方式でした。
より詳しい構造の解説については、過去の記事「一眼レフカメラのしくみ」を合わせてご覧ください。
現代のデジタルカメラは、撮影した映像を背面液晶や電子ビューファインダ(EVF)にて瞬時に観察可能となりました。
これを全面的に利用し、一眼レフの複雑な機構を廃したのがミラーレス一眼です。
しかし、デジタルカメラが普及し始めた2000年以降もレンズ交換式カメラには一眼レフがしばらく採用され続けました。
2000年代当時の技術では、フルサイズという大型のCMOSを高効率に製造することが難しく、とても高価でした。
また他にも、電子ビューファインダーには表示の遅れが出るなど、プロや上級者層が使うレベルに短期間では至らなかったのです。
その後、技術的な改良と低価格化が進み、デジカメの本格的な普及が始まって20年ほど経過した2020年ごろ、ついにミラーレス一眼カメラが交換レンズカメラの販売シェア首位となりました。
簡素簡潔と言う意味でデジタルカメラとはミラーレス一眼の形態が理想であるわけですが、そこに実用的なレベルで到達するまでに20年もの時間がかかりました。
ミラーレス一眼カメラの構造
一眼レフカメラのファインダーは、純粋な光学像として見るため非常にクリアで立体感があり、素晴らしい仕組みです。
初めて大口径レンズを付けてファインダーをのぞいた時、自分の目で見るよりも世界が美しく見えたように記憶しています。
一方で、一眼レフカメラにはミラーとの干渉を回避するため広角レンズの設計が難しいとか、ペンタプリズムが大きく重い、などのデメリットもあります。
それではミラーレス一眼の構造を紹介しましょう。
上図はミラーレス一眼カメラの光学的な構造図です。
撮影レンズ(Taking Lens)は、過去に詳細分析を行ったNIKON NIKKOR Z 35mm F1.8Sです。
関連記事:NIKON NIKKOR Z 35mm F1.8S
撮影レンズと撮像素子(CMOS)の間にはミラーのような構造物が無く、すっきりとした配置になっています。
撮影レンズと撮像素子のまでの距離をバックフォーカスと呼びますが、ミラーレス一眼カメラのように距離の短い物をショートバック型と表現します。
カメラの上段には、構図を決めるための観察光学系である電子ビューファインダー(Electronic View Finder)があります。
電子ビューファインダーとは、撮像素子(CMOS)で得た映像信号を小型のLCD(液晶ディスプレイ)で表示し、接眼レンズ(Eyepiece Lens)で拡大して見る構造にとなります。
接眼レンズに使われている光学系は、NIKONの公開している特許文献の特開2016-224239を参考に再現したものです。
出願時期やNIKONのホームページの挿絵からすると見た目は、Zシリーズの光学系と同じ構成であることがわかります。
電子ビューファインダーの光学系を拡大して紹介しましょう。
上図はNIKON Zシリーズに採用されている可能性のあるファインダー光学系です。
4群4枚構成、4枚全てのレンズが非球面レンズで構成されています。
各社ともあまりファインダー内の光学系に関する情報を公開しませんので、正確なことはわかりませんが、4枚全部が全て非球面とはかなり豪華な構成なのではないかと推測されます。
光路図を詳しく紹介しますと、図の左側のLCDの部分に撮影レンズで取得した映像信号が表示され、全体として凸レンズの作用の拡大レンズで人の目で見やすいように補正しています。
図の右側は、人間の眼球(Eye)の瞳孔に相当する場所で、およそ4mm程度を平均的サイズとして設定しています。
この光学系は、簡単に表現すると「小さな液晶モニタをルーペで拡大して見ている」そんなイメージになります。
一般的な拡大鏡(ルーペ)は、普通は1枚の凸レンズですし、部品検査などに使われる業務用の高価な製品でもレンズは2枚ほどだと思います。
Zシリーズのファインダー光学系は、4枚構成で全面を非球面レンズとしているわけですから並みのルーペではないことが伺えますね。
NIKONのZシリーズのファインダーは、なにしろ高い評価を受けていますが、その秘密の一部が垣間見えましたね。
低価格なモデルであるNIKON Z 5の公式HPにもファインダーの解説に「上位機種同様の贅沢な光学系」と記載されていますので、おそらくはこの「贅の極み」のような4枚構成光学系が採用されているのでしょう。
ミラーレス一眼カメラの撮影レンズ
一説によれば、ミラーレス一眼カメラとなったことで、撮影レンズの光学設計の自由度が増大し、小型で高画質になった、と言われます。
これが事実なのか?
厳しく、レンズの詳細な性能を徹底的に比較分析してみましょう。
例として以下、2本のレンズを比較します。
一眼レフカメラ用のレンズ
1950年代から続く伝統のFマウント用の広角大口径レンズ。末尾のGは、一眼レフ用の最終シリーズの識別子でデジタル専用に設計された高画質なレンズです。2014年発売
ミラーレス一眼カメラ用のレンズ
2018年から始まったNIKON ミラーレス一眼カメラZマウントシリーズのレンズ。末尾のSはZマウントレンズでもハイグレードレンズに付けられる称号。2018年発売
この2本のレンズは、仕様がまったく同じ35mm F1.8で、発売時期も比較的近い、比較条件のとても良いレンズです。
まずはサイズを比較しましょう。
光路図
上図の上段は一眼レフカメラ用のレンズ、下段はミラーレス一眼カメラ用のレンズの光路図です。
下段のミラーレス用レンズは、レンズが撮像素子の近くにまで配置された「ショートバック型」になっています。
まずは「長さ」を比較してみましょう。鏡胴長さは、ミラーレス用レンズの方が長いのですが、カメラ本体を含めたシステムとしてはミラーレスカメラは大幅に短縮されています。
続いて「太さ」を比較します。レンズの径が大きい最も被写体側のレンズ(第1レンズ)を比較するとミラーレス用レンズの方が一回りスリムになっていることがわかります。
ミラーレスカメラは間違いなく小型化していることがわかります。
続いて性能面を確認してみましょう。
縦収差図
左図(青字)は一眼レフ用レンズ、右図(赤字)はミラーレス一眼用レンズ
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、一眼レフ用レンズはマイナス側にふくらむフルコレクション型で、ほんのり味の残る描写となりそうです。
一方のミラーレス用レンズは、ほとんど収差の無い鋭い切れ味を期待させる特性です。
軸上色収差は、一眼レフ用レンズに比較するとミラーレス用レンズは半分の程度まで優秀に補正されています。
像面湾曲
像面湾曲は、ミラーレス用レンズと一眼レフ用レンズともに甲乙つけ難いレベルです。
強いて言えば、ミラーレス用レンズの方が、複雑にうねりを持ち画面の端まで平均的に小さな収差量に抑えているようです。
歪曲収差
歪曲収差は、デジタル製品では画像処理で歪曲を補正する製品も多くなってきましたが、ミラーレス用レンズの方がより小さな歪曲量にまで補正しています。
縦収差を見るにあらゆる点でミラーレス用レンズが上回る性能であることが予想されます。
MTF
開放絞りF1.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
画面中心部での性能を示す青いグラフはミラーレス用の方が0.1ポイント以上高い特性です。
画面周辺部での特性もまたミラーレス用の方が場所によっては0.2ポイント以上高い特性で画面の隅々まで目を見張るような改善を見せています。
価格比較
次にレンズの価格面での違いを確認をしてみましょう。
2022年12月現在において、価格比較サイトで確認した最安値は以下の通りでした。
- 一眼レフ用 AF-S NIKKOR 35mm F1.8G:62800円
- ミラーレス用 NIKKOR Z 35mm F1.8S:101470円
最新のミラーレスの方が当然高いのですが、小型になりつつも性能は一段向上しているため十分に価値のある価格ではないでしょうか?
価格は常に変化しますので、最新情報を以下のリンクよりご確認ください。
まとめ
一眼レフカメラは、光学技術の粋を尽くした神器のごとく素晴らしいシステムでありますが、いかんせん撮影レンズの光学設計には負担の大きい構造であることも事実です。
一方のミラーレス一眼カメラは、ファインダー像の自然な見えや、反応速度、電池消費など、現代の技術でもまだわずかに一眼レフに及ばない点もあるかもしれません。
しかし、撮影レンズの設計上の大きな有意差があり、素晴らしい解像性能を発揮するレンズを小さく設計できることを確認できました。
撮影対象や使用感、将来性など多面的に見てどちらを購入するか検討したいものですね。
もし、ミラーレスカメラのご購入をご検討されている方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。
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