レンズの性能指標である収差を概念的に説明するシリーズ記事です。
収差の中でも本項では「横色収差」について図やシミュレーションを使い簡単でわかりやすく紹介します。
なお、他の収差に関する解説記事をお探しの場合は、以下をご参照ください。
収差と横収差
レンズの描写性能を光学性能とも言いますが、専門的な表現としては「収差量」と呼びます。
この、収差とは理想的な結像関係とのズレを示す指標です。
カメラのレンズは、「被写体」から放たれる光を正確に「撮像面(フィルムやCMOS)」へ「集光」させることを目的としています。
例えば、夜空の星を撮影するとしましょう。この図のように星(点)から放たれた光は、撮像素子上で点に結像することが理想です。
(少々、距離が近いですが)
しかし、正確に集光させることは難しく、どうしてもズレるそのわずかな量を「収差」と呼びます。
この収差は、特徴ごとに分類されそれぞれに名称が付けられています。
過去の記事では球面収差や軸上色収差や歪曲収差などを紹介しましたが、今回は「横収差」についての解説になります。
本項では、できるだけ簡単な概念として理解できるように「横収差」についてやさしく解説したいと思います。
縦か?横か?
球面収差や像面湾曲はその総称として「縦収差」と、まとめて呼ばれています。これは光の進む方向(光軸)に平行な方向を「縦」と呼ぶ慣習から名付けられたものです。
最初に球面収差図の概念図を再確認してみましょう。
改めて球面収差の概念図を見ると、光線の進む方向「縦」のズレをグラフ化していることがおわかりでしょう。
また、像面湾曲も同様に、光線の進む方向(縦)にズレた様子をグラフ化しています。
そのため、球面収差や像面湾曲は「縦収差」と総称されています。
ならば反対に、光軸に垂直な方向の成分を「横収差」と名付けたわけです。
横収差図
ここで改めて横収差図を見ながら基本配置を確認しましょう。
上のグラフは、OLYMPUS Zuiko 21mm F3.5の「横収差図」です。
いつも当ブログの分析記事ではこのような形式で表現していますが、まず評価像高の配置を再確認しましょう。
上図ではレンズの断面図と評価像高の配置を模式化しています。いつものレンズ分析記事では、画面の中心から5分割した位置における光学性能を評価しています。
横収差図の縦に並ぶ5個のグラフは、上図に示す5点の評価像高に相当しています。
レンズ断面図と横収差図を配置がわかりやすくなるように並べてみました。
横収差図は、グラフが左右2列で並んでいますが、左側はタンジェンシャル方向、右側はサジタル方向の特性図になります。
タンジェンシャル方向とは、この光路図見る方向の縦に割った状態で、もう一方のサジタル方向とは横に割った状態です。
像面湾曲の解説記事でもタンジェンシャル方向とサジタル方向について詳しく説明しておりますのでご確認ください。
関連記事:像面湾曲とは
ここから、さらに横収差図について詳しく紹介します。
横収差の図解
説明の簡略化のために評価像高をひとつだけにして横収差を詳しく図解しながら説明します。
簡単のため、たった1枚のレンズで構成された光学系の光路図を準備しました。
焦点距離35mm F2.0の1枚構成のレンズです。
表示している光路は、像高12mm位置でおよそ画面の半分ほどの位置に当たる光るの様子です。
たった1枚のレンズで構成された光学系であるため光線がきれいには点に結像していない様子がわかりますね。
なお、いつも表示しているこのような光路図は、タンジェンシャル方向の断面となります。
タンジェンシャル方向
タンジェンシャル方向とは、正しくは光軸(レンズ中心軸)の垂直方向と表現すべきですが、当ブログのグラフ等の配置では常に「レンズを縦割りした状態」に相当します。
さらにタンジェンシャル方向についてわかりやすくするために、レンズを斜めから眺めた図で説明します。
斜めから見た図にすることで、レンズを「縦に割る」との意味がわかりやすくなったでしょうか。
本来の光は、円柱状にレンズに入射してきますが、その光を縦割りした断面だけを評価するのがタンジェンシャル方向の評価となります。
そして、この光線の結像の様子をグラフ化したものがタンジェンシャル方向の横収差となります。
中心を通る光線を緑色、レンズ下側を通る光線をピンク色にしました、中心に対する他の光線のズレ量が「横収差」に相当します。
縦収差は光線の進む方向の収差でしたが、光線に直交する方向が横収差となります。
これを各光線ごとにプロットすると横収差図が完成します。
各光線をA~Jと名前を付け、中心を0として差分を求めタンジェンシャル方向の横収差をグラフ化しました。
サジタル方向
続いてもう一方、水平断面であるサジタル方向の横収差を図解します。
タンジェンシャル方向に直交する方向がサジタル方向になりますが、当ブログの配置では常に水平方向となります。
図を見ると、結像しているようにも見えますが、よく見るとわずかにズレがあります。
タンジェンシャル方向と同じように補助線を描画し、サジタル方向の横収差図を作成しました。
各光線をA~Jと名前を付け、中心を0として差分を求めサジタル方向の横収差をグラフ化しました。
横収差図
光学設計ソフトOPTALIXで光路と横収差図を精密に描画するとこのようになります。
当ブログでは、像高12mmだけでなく、いつもの分析記事では中心,像高6mm,12mm,18mm,21mmを記載しています。
この図は赤い線1本だけですが、実際にはd線(黄色)、g線(青)、C線(赤)、F線(水色)の4本の線を重ねて描画し色収差も表現しています。
色収差
太陽光のような白色光源には様々な色(波長)が含まれています。
その影響を色収差と呼び、軸上色収差、倍率色収差という指標を使って評価しています。
光と色と収差の関係は、詳しくは軸上色収差の項で紹介しておりますので合わせてご参照ください。
同様に、横収差も光の色ごとに特性が変わります。当ブログではd線(黄)、g線(青)、C線(赤)、F線(水色)の4色の特性で評価しています。
横収差の見方
横収差には、ほとんどの収差成分が含まれています。
例えば、横収差グラフの中心部は、球面収差と同じ意味でグラフの書き方を変えただけと言えます。
横収差の軸中心部分の傾きはピントのズレを示すため像面湾曲と同じ意味です。
中心部の色ごとのグラフのズレは、倍率色収差と同じです。
横収差は情報量が多すぎるため、球面収差や像面湾曲といった重要な部分の収差を別に評価しているわけです。
コマ収差
横収差図ではコマ収差やハロなどの縦収差では見えない部分を観察することが重要です。
コマ収差のわかりやすい例として、先ほどから例に挙げているOLYMPUS Zuiko 21mm F3.5を例にします。
1980年代のレンズだけに、非球面レンズなどは採用されておらず、少々苦しい性能です。
横収差は下図のようになっています。
タンジェンシャル方向の中間の像高12mmを拡大して見ると、周辺部が同方向へそり上がるような形状なっています。
左右対称に反りあがる形は、コマ収差が大きいことを示しています。
コマ収差とは、簡単に表現すれば小さな点に結像していない事で、解像度が低下している事を示します。
一方で、中心に対してピントがずれたような現象は、ハロ又はフレアと言われています。
ハロ・フレア
ハロの例として、NIKON NIKKOR 50mm F1.4Dの横収差を使って説明します。
タンジェンシャル方向の中間の像高12mmを拡大して見ると、中央の光線部分は平らなので、ピントあっており収差が少ないのですが、ふちの部分は大きく曲がっています。
このような形状をハロ・フレアと呼び、ピントがずれている事を表しています。
まとめ
横収差はレンズの特性のほとんどすべてを表現しているため、非常に情報量が多い特性量です。
縦収差などと組み合わせて評価しつつ、横収差特有のコマ収差が大きいのか、ハロが大きいのか、形状の違いで判断しつつ、どのように改善すべきか検討するのが光学設計と言うものになります。
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