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【深層解説】歴史的銘玉 広角レンズ LEICA Super Angulon 21mm F4 & F3.4 -分析134

歴史的銘玉として有名なライカの広角レンズ スーパーアンギュロン 21mm F4 と F3.4の性能分析・レビュー記事です。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

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レンズの概要

現代的カメラシステムの始祖として不動の地位を誇るLEICA(ライカ)の始まりのレンズはElmar 50mm F3.5(1930年)で、ここから標準レンズが50mmとなりました。

LEICAのレンズは、焦点距離35mm→28mmと広角化を進め、1958年には焦点距離21mmの当時としては超広角域に達します。

製品ラインアップとしては焦点距離18mmや15mmの超広角レンズも開発されましたが、まだしばらく後の事です。

LEICAのレンズは、主に仕様ごとにモデルネームが付けられており、21mmの広角にはSuper Angulon(スーパーアンギュロン)の名が付いています。

元々Angulonとは、ドイツのレンズ専業メーカーSchneider Kreuznach社(シュナイダー社)の広角レンズシリーズの名前で、LEICA向けに供給された21mmの超広角域の仕様のレンズにはさらにSuperの名を付与しSuper Angulonと付けられています。

1958年にSchneider Kreuznach社が開発した初代のLeica Super Angulon 21mm F4は、1963年に構成も異なる二代目Super Angulon 21mm F3.4へリニューアルされています。

当時としては超広角に類する特殊な仕様でありながら、短い期間にリニューアルされたのはなぜなのか?

今回の記事では2本まとめて分析することで、この謎に迫ってみたいと思います。

文献調査

日本の特許庁のデータベースには1970年ごろまでのデータしか電子化されていませんが、欧州の特許庁に相当する機関のデータベースを検索すると古くは1880年台の特許文献もデータ化されている物もあります。

欧州にもタイトルや番号しか無い場合は、GooglePatentsで電子化されている場合もあり、調査にはなかなか難儀しますがコタツにいてもデータが手に入る良い時代になったものです。

調査結果として、初代Leica Super Angulon 21mm F4と思われる文献はUS2897725、二代目21mm F3.4はUS3209649であると構成図より推定されます。

それぞれ実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

また、分析記事の中で参考に紹介する古典的な広角レンズRoosinov(ルシノフ)型は、US2516724の実施例2を使っております。

 関連記事:特許の原文を参照する方法

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

左図Super Angulon 21mm F4(初代)、右図Super Angulon 21mm F3.4(二代目)

上図の左図がLEICA Super Angulon 21mm F4と、右図がF3.4の光路図になります。

初代21mm F4のレンズの構成は4群9枚、二代目21mm F3.4は4群8枚と、驚くべき事に二代目の方が枚数が少なくFnoが明るくなっています。

双方ともに特徴的なのは、絞りを中心に略対称的な配置をしている「対称型レンズ配置」となっています。

初代よりも二代目の方が、より完全対称に近いですね。

対称型のレンズは歪曲収差や倍率色収差の補正に特に優れ、標準レンズでの代表がダブルガウス型で、現代的レンズの基礎と言われています。

ダブルガウス型は、レンズの被写体側と像側に凸レンズを配置し挟み込むような形状ですが、当記事のSuper Angulonは逆に強い負レンズ成分を配置し光学系を挟み込んでいます。

レンズの被写体側へ凹レンズを配置し広角化するアイデアは、1930年代の特許でも見られます。

上図は、1930年の特許US1934561の実施例2で、現代ではレトロフォーカス型と分類される構造です。

 ※注:レトロフォーカスは1950年代に販売された商品名に由来

このような非対称構成では各収差の補正に苦労したはずで、初期のAngulonも似たように被写体側に凹レンズを配置した非対称構成でした。

より高性能化を求めた結果として、当記事のSuper Angulonのような対称型の広角レンズが発案されたようです。

なお、比較的近い時期にLeica に匹敵するCONTAXを擁するドイツの名門光学メーカーCarl Zeissから登場したのがBiogon(ビオゴン) 21mm F4.5で、こちらは1950年と少し早くに特許が出願されているようです。

さらに遡ると、ソビエト連邦で発明されたRoosinov (ルシノフ)型は1946年に特許出願されており、年代的には対称型広角レンズの元祖なのかもしれません。

お互いに認識があったのか?とか、そのあたりの当時の状況はまったくわかりませんが…

参考にご用意した下図は、ソ連のRoosinov (ルシノフ)型で、左図は全体像、右図はレンズ部分を拡大しました。

図のレンズはRoosinov 型の実施例2を元にフルサイズカメラ(ライカ版 )にスケールをフィットさせています。

フルサイズに換算した焦点距離は9mmの超広角です。ただし、実際には大判カメラ用に開発されたもので実サイズはもっと大きいものと推定されます。

このような超広角レンズは、航空機からの空撮、あるいは地上から空の監視のために開発されたと言われています。

上空から敵基地や敵艦などを監視したり、あるいは上空の様子を観察するために開発されたのでしょうか…

そのような軍事技術が戦後になり民生品へ転用されたのがSuper Angulonであるとも言えそうですね。

縦収差

左図Super Angulon 21mm F4(初代)、右図Super Angulon 21mm F3.4(二代目)

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、初代21mm F4は上端側で大きく曲がり、だいぶ苦しい性能ですが、二代目21mm F3.4は若干マイナス側へふくらむフルコレクション型で程良く補正されています。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、焦点距離距離が短いほど少なくなる特性があります。

焦点距離21mmの超広角ですから双方供に軸上色収差は少ないのですが、二代目21mm F3.4は極限まで少ないですね。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、広角レンズほど補正が苦しいものです。

初代レンズは画面中間部の像高12mmあたりから変動が大きく苦しい状況ですが、二代目は周辺部の像高18mmまで良く改善されています。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、超広角でありながら極限まで小さく、対称型配置の特徴ですね。

倍率色収差

左図Super Angulon 21mm F4(初代)、右図Super Angulon 21mm F3.4(二代目)

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、構成枚数の多さが要因か初代レンズの方が程良く補正されています。二代目は少々厳しいようです。

横収差

左図Super Angulon 21mm F4(初代)、右図Super Angulon 21mm F3.4(二代目)

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

左列タンジェンシャル方向は、コマ収差(非対称)がしっかりと補正された二代目レンズの秀逸さが光ります。

右列サジタル方向も、Fnoが明るくなっているのにもかかわらず二代目レンズの改善が目を引きます。

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スポットダイアグラム

左図Super Angulon 21mm F4(初代)、右図Super Angulon 21mm F3.4(二代目)

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

画面の中心から中間の像高12mmまで二代目レンズは初代の半分ぐらいに小さく補正されています。

画面の周辺部になると二代目レンズは、倍率色収差が大きいため光の色ごとにスポットが分離し、トータルでは初代と拮抗する状況てす。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

現代的な超高性能レンズの分析用のスケールなので、このレンズには少々厳しい評価ですね。

何しろ50年以上前のレンズですから…

MTF

開放絞りF4.0 F3.4

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると二代目レンズは極めて高く銘玉と礼賛されるのも理解できます。

画面の中間部の像高12mmまでしっかりとした高さを維持しています。

小絞りF5.6

FnoをF5.6まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

初代レンズも一段絞れば十二分な解像度となります。

元々、この時代のレンズは一段絞ったあたりで、真価を発揮するよう設計するのが当然なので、ある意味で自然なのかもしれません。

総評

Super Angulonの早々のリニューアルの理由はお分かりいただけたでしょうか?

二代目レンズは対称型配置の利点を最大限発揮する設計解を見出したようで、早々のリニューアルとなったのでしょう。

少し非対称な初代よりも、構成枚数を削減しながらより対称性を強めた二代目の方が性能が高いあたりに光学設計の醍醐味を感じますね。

しかし、初代レンズも開放絞りでこそ現代的なレンズにはない収差かもしれませんが、一段絞れば高い解像度となり、絞りで写真の画質も制御することのできるレンズです。

これは双方供に甲乙つけがたい銘玉ですね。

この他、過去にはLEICAの始まりのレンズなども分析しておりますので、参考にご覧ください。

 関連記事:Elmar 50mm F3.5

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

作例・サンプルギャラリー

LEICA Super Angulon 21mm F4 と F3.4の作例集は準備中です。

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製品仕様表

製品仕様一覧表 LEICA Super Angulon 21mm F4 & F3.4

Super Angulon 21mm F4Super Angulon 21mm F3.4
画角92度92度
レンズ構成4群9枚4群8枚
最小絞りF--F--
最短撮影距離0.4m0.4m
フィルタ径--mm--mm
全長--mm--mm
最大径--mm--mm
重量250g300g
発売日1958年1963年

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

以下の分析リストでは、記事索引が簡単です。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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