この記事では、ニコンのフルサイズミラーレス用の交換レンズである高倍率ズームレンズNIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VRの設計性能を徹底分析します。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
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レンズの概要
今回は、NIKONのフルサイズミラーレス用の高倍率ズームレンズの分析を行いますが、まずは高倍率NIKKORズームレンズの系譜を確認してみましょう。
- Ai ZOOM NIKKOR 35-200mm F3.5-4.5S (1985)13群17枚
- Ai AF ZOOM NIKKOR 28-200mm F3.5-5.6D IF (1998)13群16枚
- AF ZOOM NIKKOR ED 28-200mm F3.5-5.6G IF (2003)11群12枚当記事
- AF-S NIKKOR 28-300mm F3.5-5.6G ED VR (2010)14群19枚
- NIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VR (2020) 15群19枚当記事
- NIKKOR Z 28-400mm F4-8 VR (2024) 15群21枚
上のリストではNIKONの一眼カメラ用のFマウントレンズから、ミラーレス用のZマウントレンズまでを発売年順に並べています。
このリストの前年にあたる1984年には、35-135mm F3.5-4.5という現代では高倍率とまでは言わない仕様のレンズがありました。
そして、1985年に紛れもなく高倍率ズームと言える35-200mm F3.5-4.5Sが発売されています。
続いて、広角化した28-200mm F3.5-5.6D、長焦点化した28-300mm F3.5-5.6Gが開発されました。
ミラーレスの時代になると2020年NIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VRが発売され、これが当記事で分析するレンズとなります。
さらに今回は比較相手として、およそZレンズの20年前に発売された2003年の28-200mm F3.5-5.6Gを並べて検証します。
当記事ではミラーレス用のNIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VRを「Zマウントレンズ」、比較相手の一眼レフカメラ用AF ZOOM NIKKOR 28-200mm F3.5-5.6Gを「Fマウントレンズ」と表記します。
文献調査
今回、比較相手に一眼レフ用Fマウントレンズとして最後発のAF-S NIKKOR 28-300mm F3.5-5.6Gにしようかと考えていました。
そのレンズは、特開2010-175899の実施例2が製品に近いことはわかるのですが、どうも上手く再現データを作ることができませんでした。
再現不能なデータをよく見ると、ある問題点に気が付きました。
記載された実施例2のデータでは、面番号27番目は貼り合わせ面ですが非球面であると記載されています。
ところが、一般的に貼り合わせ面を非球面にしてもほとんど収差補正効果を出すことができません。
屈折率差が無い空間に非球面を配置しても光線が曲がらないので非常に効率が悪いのです。
恐らく誤記だと思います。他に実施例がありますから、この特許の権利がおかしくなるわけではありませんが…
そんなこんなもありまして、比較相手はAF ZOOM NIKKOR ED 28-200mm F3.5-5.6Gとすることにしました。
望遠端が同じ焦点距離ですし、実はちょうど良かったのかもしれません。
28-200mm F3.5-5.6Gの特許文献は、特開2002-323655で実施例1が製品に酷似しています。
そして、今回の本題であるZマウントレンズのNIKKOR Z 24-200mm F4-6.3は、WO2020/157904の実施例1が製品構成に非常に近いことがわかります。
それでは、それぞれを製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図の左図(青字Wide)はNIKON AF ZOOM NIKKOR ED 28-200mm F3.5-5.6G (Fマウントレンズ)
右図(赤字Tele)は、NIKON NIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VR (Zマウントレンズ)の光路図になります。
本レンズは、ズームレンズのため上段を広角端(24mm/28mm)と、下段を望遠端(200mm)とし、比較しやすいように同じ描画倍率で表示しております。
まず全体を俯瞰して見ると、Fマウントレンズはレンズと撮像素子の間の空間(バックフォーカス)が非常に大きく開いています。
これは一眼レフ特有の光学ファインダーへ光を導くためのミラーを配置するスペースが必要なためです。
関連記事:一眼レフカメラのしくみ
このようにバックフォーカスを大きくすると、レンズが前に押し出された形となるため、前側(被写体側)レンズばかり大きくなる、いわゆる「頭でっかち」なレンズ配置になります。
一方のZマウントレンズは、ミラーレスカメラ用ですから撮像素子のすぐ近くにまでレンズが配置されており、前側(被写体側)レンズと後ろ側(撮像素子側)レンズのサイズバランスがとれています。
当ブログが独自開発し無料配布しておりますレンズ図描画アプリ「drawLens」を使い、構造をさらにわかりやすく描画してみましょう。
上図は、2本のレンズの広角端を拡大表示しています。
Fマウントレンズは、11群12枚構成で色収差の補正に好適な3枚の異常分散ガラス(ED)と、球面収差や像面湾曲の補正に好適な非球面レンズ(Aspherical)もまた3枚配置しています。
Fマウントレンズは2003年の発売ですから、異常分散ガラス3枚の非球面3枚の構成は当時としてはかなり豪勢な構成で、逆にいかに高倍率ズームレンズの補正が難しいのか、その一端をうかがい知ることができますね。
一例として、近い時期の1999年発売の大口径標準ズームNIKKOR 28-70mm F2.8 は非球面レンズ1枚、EDレンズ2枚の構成です。
関連記事:AIAF ZOOM NIKKOR 28-70mm F2.8D
Zマウントレンズは、15群19枚構成で色収差の補正に好適な2枚の異常分散ガラス(ED)、球面収差や像面湾曲の補正に好適な非球面レンズ(Aspherical)もまた2枚配置しています。
さらに色収差と球面収差を同時に高いレベルで補正できる異常分散ガラス非球面レンズ(ED Aspherical)を採用しています。これは採用する製品がまだ少ないため、おそらく高価な部品と推測されます。
特に目を引くのは、口径の大きい第2/第3レンズに2枚の異常分散ガラスを配置しており、口径の大きい箇所に配置するほど効果が高いので色収差の徹底除去を目指しているのがうかがえますね。
上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。
ズーム構成を確認しますと、Fマウントレンズは4ユニット(UNIT)構成、Zマウントレンズは6ユニット構成となっています。
第1ユニットは、広角端から望遠端へズームさせると被写体側へ飛び出す方式です。
第1ユニット全体として凸(正)の焦点距離(集光レンズ)の構成となっていますが、これを凸(正)群先行型と表現します。
この凸(正)群先行型は、望遠端の焦点距離が70mmを越えるズームレンズで多い構成です。
高倍率ズームや望遠ズームレンズは、ほとんど全て凸(正)群先行型と見て間違いありません。
凸レンズ群が被写体側にある構成をテレフォトタイプ(望遠型)とも言い、凸レンズ群の収斂作用で大きくなりがちな望遠レンズを小型にする効果を発揮します。
Zマウントレンズの第5ユニットは、ピントを合わせるためのフォーカシングユニットともなっており、ズームとは別に前後に稼働できる構造です。
Zマウントレンズの第3ユニットの一部は、手振れを補正するVRレンズユニットとなっており、手振れを検知すると高速で駆動しブレを打ち消します。
縦収差
ここからは縦収差図を比較しながら確認します。
上図の左図(青字Wide)はNIKON AF ZOOM NIKKOR ED 28-200mm F3.5-5.6G (Fマウントレンズ)
右図(赤字Tele)は、NIKON NIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VR (Zマウントレンズ)の縦収差図となります。
上段は広角端(28mm/24mm)、下段は望遠端(200mm)です。
※他の特性図も同様の配置になります。
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、広角端も望遠端もFマウントレンズはかなり苦しげな特性ですが、Zマウントレンズでは十分理想的と言えるレベルにまで補正されています。
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、Zマウントレンズでも極小とまでは行きませんが、スペックの割に十分健闘しており、実用上気になるレベルではなさそうです。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、広角端はFマウントレンズは焦点距離28mmで、Zマウントレンズになり24mmへと広角化されていますが像面湾曲は美しくまとめられています。
一方の望遠端は、Zマウントレンズでもずいぶん曲がって見えますが、Fnoが暗い(大きい)レンズは深度が大きいためMTFディフォーカス図で確認すべきでしょう。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、望遠端はFマウントとZマウントレンズで同程度で少々大き目にプラス側へ倒れていますから撮影すると糸巻き型になります。
広角端側は、Zマウントレンズでは大きく悪化しています。これは画像処理による補正を前提としている事を示しています。
倍率色収差
広角端
望遠端
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、望遠端ではZマウントレンズが少々改善していますが、広角端ではむしろZマウントレンズが悪化しており、歪曲と供に画像処理で補正することを前提にしていることがわかります。
横収差
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。
左列タンジェンシャル方向は、広角端も望遠端もコマ収差(非対称)が大きく改善していますが、倍率色収差が大きいことからZマウントレンズの広角端ではg線(青)などのずれが非常に大きいです。
右列サジタル方向は、Zマウントレンズでは大きく改善していますね。MTFの高さに期待が持てます。
新発売
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
広角端
望遠端
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
Zマウントレンズは、この標準スケールでは見づらいほどに十分補正されています。
スポットスケール±0.1(詳細)
広角端
望遠端
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
拡大して見ると、Zマウントレンズではそれぞれのスポットは小さいものの、画面の周辺の像高18mmより外側ともなると色ごとに位置がわかれ分離しており、これが倍率色収差の大きいことに由来します。
実際には画像処理により補正されてしまうので、気にならないはずです。
MTF
開放絞り
広角端 F3.5 F4
望遠端 F5.6 F6.3
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
Fnoが4.0を超えて暗いレンズはピントの合う距離(深度)が深くなるため、ディフォーカス量(グラフ横方向)を±0.4mmと通常設定の4倍としてるのでご注意ください。今回の広角端はF4.0より明るいですが、4倍で統一しています。
開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、広角端も望遠端もZマウントレンズは周辺までかなり高いレベルとなっています。
小絞りF8.0
広角端
望遠端
FnoをF8まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
元のFnoが暗めなので、差が小さくMTFの改善も少ないですが、Zマウントレンズは開放から高い性能のため、F8にするとほぼ理想状態となりますね。
総評
高倍率ズームレンズは、かつては便利ズームなどとも言われ「便利であるが画質はイマイチ」とさげすまれている印象もあった製品です。
これがミラーレスカメラ用となり、設計自由度の向上、高価な異常分散ガラス非球面レンズ採用、画像処理による収差補正の活用など、最新のテクノロジーの投入で”かつての便利ズーム”ならぬ「パーフェクトズーム」とも言える進化を果たしているようです。
高倍率ズームレンズは、行楽やイベント記録などレンズ交換の難しい現場で大活躍するレンズですから、急な撮影に備えて一家に一本備えておきたいものですね。
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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製品仕様表
製品仕様一覧表
AF ZOOM NIKKOR ED 28-200mm F3.5-5.6G IF | NIKKOR Z 24-200mm F4-6.3 VR | |
画角 | 74-12.2度 | 84-12.2度 |
レンズ構成 | 11群12枚 | 15群19枚 |
最小絞り | F22 | F22-36 |
最短撮影距離 | 0.44m | 0.5-0.7m |
フィルタ径 | 62mm | 67mm |
全長 | 71mm | 114mm |
最大径 | 69.5 | 76.5mm |
重量 | 360g | 570g |
発売日 | 2003年9月13日 | 2020年7月3日 |