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【深層解説】ペンタックス 大口径標準ズーム PENTAX 110 20-40mm F2.8 -分析147

この記事では、ペンタックスのAUTO110(ワンテン)用の交換レンズである大口径標準ズームレンズPENTAX 110 20-40mm F2.8の設計性能を徹底分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

レンズはサブスクする時代

レンズの概要

PENTAX 110 20-40mm F2.8は、世界で唯一の110(ワンテン)システム用の一眼レフカメラであるPENTAX AUTO 110の交換レンズです。

AUTO 110

初めにカメラの名称ともなっている「110フィルム」から解説します。

一般に「ワンテンフィルム」と呼ばれ、35mm版(フルサイズ)の1/4ほどの小さなフォーマットのフィルムです。

1972年から始まったフィルムフォーマットで、フィルムがすべてカートリッジ内に収まる構造で、初心者や子供にも扱いやすいことから、トイカメラにも多く採用されていました。

1990年代には、110フィルムの製造を終了するメーカーが増えましたが、執筆現在(2024年)ではロモグラフィー社が供給を続けているそうです。

さて、本題のPENTAX AUTO 110は、1979年に発売されました。

名前にある通り、110フィルムを採用したレンズ交換式の一眼レフカメラです。

PENTAXは、このAUTO 110を開発することで35mm版中判(ブローニー版)、110APSの主要な全てのフィルムフォーマットで一眼レフカメラを製造販売した唯一のメーカーと言えます。

SDカードと比較するとこのようなサイズです。

一眼レフカメラの先駆者であるPENTAXのプライドが成せる偉業ですね。

AUTO 110 レンズラインナップ

110フィルムを採用したカメラは、各社から色々なタイプのカメラが販売されましたが、一眼レフカメラスタイルで交換レンズまで一式取りそろえているのは、本記事で紹介するPENTAXのAUTO 110だけでしょう。

AUTO 110に用意されたレンズラインナップを紹介します。

この小さなカメラに6種ものレンズが用意されました。

さらにAUTO 110システムにはレンズ以外にも、フィルムを自動で巻き上げるワインダーや、ストロボ(フラッシュ)などシステムカメラとして一通りのアクセサリーが用意されています。

本記事では、唯一の標準大口径ズーム 20-40mm F2.8を分析します。

20-40mm F2.8

AUTO 110と交換レンズが発売を始めたのは1979年から始まり、20-40mm F2.8は唯一のズームとして用意されていました。

焦点距離(20-40mm)

110フィルムは、35mm版フィルム(現代のフルサイズ)の対角線長さで比較すると半分ほどの大きさなので、この焦点距離20-40mmは35mm版(フルサイズ)換算で、約40-80mmに相当する標準域のズームレンズです。

こちらの図は関係するいくつかのフィルムサイズを比較したもので、赤枠が110フィルムに相当します。

APS-Cサイズよりも一回り小さく、マイクロフォーサーズとほぼ同じサイズと言えばわかりやすいでしょうか。

青枠の1/1.7inc型は、後にAUTO110をリスペクトして開発されたPENTAX Qシリーズの大きい方の撮像素子です。

Fno(F2.8)

Fnoは、広角端から望遠端までのズーム全域でF2.8という大口径の通し仕様で時代にそぐわないとてつもない違和感を感じます。

ちょうど、この記事を準備しておりました2024年12月に雑誌「デジタルカメラマガジン」で、F2.8ズームレンズの特集記事が組まれておりましたので、一部の情報を引用させていただきます。

すると、PENTAX 110 20-40mm F2.8は、まだF2.8ズームレンズが発売できない会社も多い1979年という恐ろしく早い時期に110フィルムサイズで発売する信じ難い行為を行っています。

当時の110フィルムはISO感度(当時ASA)が100でしたから、高速シャッターを切るために何よりもレンズの明るさを優先させたかったのでしょうが、技術的に色々と無理がありそうな予感が噴出します

文献調査

日本の特許は昔の文献があまり電子化されていないので、もしかすると発見できないかもと心配しましたが特開昭57-104108の実施例1が関係することを突き止めましたので、これを製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

上図がPENTAX 110 20-40mm F2.8の光路図になります。

本レンズは、ズームレンズのため各種特性を広角端と望遠端で左右に並べ表記しております。

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態です。

英語では広角レンズを「Wide angle lens」と表記するため、当ブログの図ではズームの広角端をWide(ワイド)と表記しています。

一方の望遠レンズは「Telephoto lens」と表記するため、ズームの望遠端をTele(テレ)と表記します。

レンズの構成は8群8枚、現代では2~3枚は採用することも珍しくない非球面レンズの採用は時代的にありません。

上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。

ズーム構成を確認しますと、レンズは2ユニット(UNIT)構成となっています。

第1ユニットは、広角端では物体側へ飛び出していますが、望遠端へズームさせると撮像素子側へ移動しますからレンズ鏡筒としては引っ込むようになります。

第1ユニット全体として凹(負)の焦点距離(拡散レンズ)の構成となっていますが、これを凹(負)群先行型などと表現します。

この凹(負)群先行型は、一眼レフカメラの標準ズームレンズや広角ズームレンズに多い構成です。

第2ユニットは、広角端から望遠端へズームのさいに被写体側へ移動しています。

現代の多数群が複雑怪奇に移動する構成と比較すると、とても簡素で初期ズームレンズのお手本のような見た目で心が温まりますね。

ビハインド絞り

このレンズ構成図を見た時、強烈な違和感を感じるのが「絞りの位置」です。

なんと、絞りがレンズ系の最も撮像素子側にあるのです。

大雑把に言うと絞りはレンズ系の中央にあるのが収差補正的に好ましく、このようなおかしな位置に配置すると無理がたたるので普通の光学設計者ならやりたくないものです。

この絞り配置は「ビハインド絞り」とも言われ、カメラ本体側へ絞り兼シャッター機構を埋め込めるため空間の活用度が高くなることから、昔のレンズ一体型コンパクトカメラでたまに見られる構成です。

とくにコンパクトカメラでは飛び出しているレンズ部分が小さくなるほど商品価値が高まりますので、昔は好まれたわけです。

AUTO110の場合はレンズ交換方式ですが、あまりにレンズ鏡筒が小さすぎて絞り機構を入れるのが当時の技術では困難だったのでしょうか。

あるいは、本体に合わせてレンズ鏡筒を小さくしたかったのかもしれません。

単焦点レンズであればビハインド絞りも納得ですが、これをズームレンズで採用している例は見たことがありません…

本体側を見ると、マウントの内側に2枚構成の絞り羽が見え、これはシャッターと兼用しています。

多くのメーカーでの110(ワンテン)カメラは、コンパクトさを優先し機能が簡素な物がほとんどで、80年代後半のシステム末期にもなるとトイカメラ専用フィルムへと成り果てた感もありました。

そんな中でここまでの苦労をしてズームレンズを用意し、撮影システムとしての完成させたかったペンタックス(当時:旭光学工業)の執念はすさまじいですね。

縦収差

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

各種特性図は、35mm版(フルサイズ)を基準として比較できるようにスケールを調整してあります。もしフルサイズ用に設計し直すとこうなると見ていただければ良いでしょう。

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、左側の広角端を見ると大きくマイナス側に倒れる傾向でなかなか見ない量ですね。右側の望遠端は中間でマイナス側に膨らむフルコレクション側なので収差量のわりに解像度は期待できそうです。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、左側の広角端を見ると「入力間違えちゃったかな?」というレベルの甚大な量が残っています。しかし、特許文献の特性図でも同量でしたので私の間違いではありません

望遠端もg線(青)が非常に大きいものの、f線(水色)とC線(赤)が上端で程よく一致しているので解像力は十分だろうと推測されます。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、球面収差が甚大ですから同程度に大きいのですが、焦点距離仕様としては変倍比率2倍のズームで特に像面湾曲の補正が難しい広角端が換算40mm相当の望遠寄りなので無理が少なく、そのため急峻な変化は無いようです。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、広角端では画面隅でマイナス5%に達しており撮影すると樽型に歪みます。近代の安価なズームレンズもこの程度あることも多いので及第点でしょう。望遠端はほとんどゼロです。

倍率色収差

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、広角端のグラフ上端(画面隅側)でかなり大きく補正残りが生じます。

横収差

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

さすがに形容しがたいレベルで荒れていますね…

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スポットダイアグラム

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

標準スケールで見ると意外に中心から周辺まで均質で、まとまりが良いようです。

収差図ではあれだけ荒れていたのに、さすが熟練のPENTAXの光学設計者がまとめるだけありますね。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

このスケールは、現代の超高性能レンズのために用意しているので、この時代のレンズにはそぐわないものです。

MTF

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離20mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離40mmの状態

開放絞り F2.8

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、広角端はかなりのっぺりとしていますね…のどかです。

サービス版なら使える画質でしょうかね…

一方、望遠端は球面収差と軸上色収差のまとまりの良さが生きて十分な解像度はありそうです。

総評

PENTAX 110 20-40mm F2.8は、当時でも最先端クラスのF2.8通し仕様のレンズを「尋常ならざる鏡筒サイズ」に収めるという、実は前代未聞のプロジェクトだったはずです。

これをビハインド絞り構造で実現し、「一眼レフカメラの雄、PENTAXならさも当然」と涼しげな顔で発売した旭光学工業の設計者たちには実に恐れ入りますね。

その他のAUTO110用交換レンズについては、こちらをご覧ください。

 関連記事:PENTAX AUTO 110 24mm F2.8 / 50mm F2.8

ちなみにデジタル時代になりこの思想を受け継いだのがPENTAX Qという製品で、そちらの記事もありますのでよろしければご一読ください。

 関連記事:PENTAX Q 01 STANDARD PRIME

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

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製品仕様表

製品仕様一覧表 PENTAX 110 20-40mm F2.8

画角28.8-15.5度
レンズ構成8群8枚
最小絞りF2.8
最短撮影距離0.7m
フィルタ径49mm
全長45.5mm
最大径54mm
重量174g
発売日1979年

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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