smc ペンタックス M 40mm F2.8の性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
新刊
レンズの概要
PENTAXのMシリーズとは1976年から発売されている、PENTAXの小型軽量なフィルム一眼レフカメラのシリーズです。
Mシリーズのコンセプトは単純明快で、カメラ本体とレンズが小型化を最優先しデザインされており「小型のPENTAX」のイメージを作り上げた功労者です。
当記事で紹介するPENTAX-M 40mm F2.8は、いわゆるパンケーキデザインで、小さなMシリーズの象徴的存在とされていました。
しかし、このレンズの発売された1976年当時のレンズは、まだ大柄なレンズが少なかったせいか、あまり人気が出なかったようです。
その後、1990年代のクラカメブームで、あまりの希少性と薄すぎる見た目に人気を博し、正規売価の数倍で取引されているのを目撃したことがあります。
なお、現代(2022年)も発売されているDA 40mm F2.8 Limitedという似た名称でパンケーキデザインのレンズが販売されていますが、こちらM 40mmをリスペクトしたものでありますが、対応する撮像素子サイズがフルサイズではなく「APS-Cサイズ」であることにご注意ください。
参考に下記がAPS-Cサイズ用のDA 40mm F2.8です。
私的回顧録
『誰が呼んだかパンケーキレンズ』
当記事のM 40mm F2.8もそのひとつですが、薄型デザインのレンズを「パンケーキ」と呼ぶのは誰が始めたのでしょうか?
私自身の記憶では、1990年代にはパンケーキの愛称が世の中に存在していたのは確かです。
しかし、1990年代の一般的な日本人は「パンケーキが何か知らなかった」はずです。(あくまで個人の記憶です)
当時の日本語には「パンケーキ」という呼称はまだ存在していません。(著しい個人の記憶です)
小麦粉と牛乳を混ぜた簡素なケーキは、皆が全員『ホットケーキ』と呼んでいたのです。(これも個人の記憶です)
パンケーキとは「ホットケーキの事だった」そんな衝撃の事実を多くの日本人が知ったのは2000年代以降の事です。
それゆえに「パンケーキレンズ」と呼び始めたのは、日本人ではない確率が極めて高いと推定されます。
『パンケーキレンズの定義』
さて、パンケーキレンズの定義に「レンズ鏡胴長さが鏡胴外径よりも小さい」と定義しているのを見かけます。
要は「薄い」と言っているだけですが。
しかし、パンケーキの「パン」はフライパンのパン(浅鍋)なので、「かなり短いレンズ長さ」でなければパンケーキレンズと名乗ってはいけませんね。
だって、ホットケーキのことですから…
JIS(日本産業規格)やCIPA(カメラ映像機器工業会)で定義されているわけではありませんが、感覚的には「レンズ鏡胴がレンズ外径の1/2以下」になっているとパンケーキレンズらしい形と思えます。
ちなみに、レンズの語源は「豆」なのでパンケーキとは食品的な繋がり?とも言える因縁を感じますね…
文献調査
1970年代より古い特許文献は電子化されていない物も多く、発見できるか不安もありました。
このレンズは1976年発売、よって特許が出願されたのは1974年前後だろうと推定し調査したところ、なんとか電子化されており発見することができました。
特開昭53-33130実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がsmc PENTAX-M 40mm F2.8の光路図になります。
4群5枚枚構成、仕様や配置からすると「Tessar(テッサー)型の構成で、撮像素子側に1枚追加」と見るべきでしょう。
Tessarとは、ドイツの名門光学メーカーCarl Zeiss(カール・ツァイス)の開発したレンズの名称で、最も有名な構成は凸凹凹凸の順で4枚のレンズを配置する構成です。
下記の図は、Carl Zeissが実際に1952年に出願した特許文献から再現したTessar 50mm F2.8の光路図です。
Tessarはいわゆる商標なので、これ以外にも色々な構成パターンが存在します。
上図の4枚型が最も基本のTessarの構成として覚えておくのが良いでしょう。
大きさを比較すると、やはりPENTAX-M 40mmは薄型化を強く意識しているようですね。
縦収差
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、マイナス側にふくらむフルコレクション型で、1970年代という時代を感じる特性です。
軸上色収差は、なかなかに優秀に補正されており、現代的なレンズにも引けを取らないようです。
像面湾曲
像面湾曲は、画面周辺の像高16mmまでは補正されているものの、画面隅に近い像高20mmを超えると甚大な量となっています。
歪曲収差
歪曲収差は、対称型配置に近いことと、標準域の焦点距離で歪曲が発生しづらい領域であることも加わり非常に小さく収まっています。
倍率色収差
倍率色収差は、像面湾曲の特性と同様で画面周辺までは十分なものの隅に近づくと甚大な量の収差です。
横収差
横収差として見てみましょう。
左列タンジェンシャル方向は、画面中間部あたりではコマ収差(非対称)が残るものの、画面周辺の像高18mmまでは適度に補正されているようです。
右列サジタル方向は、ハロ(傾き)が強く残り、ピント位置のズレがあることを示しています。
また、F2.8の控えめなFnoにしてはサジタルコマフレア(非対称)も大きく、レンズ構成枚数の少なさを物語るようです。
新発売
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。
全体に少々大き目なものの、画面周辺部の像高18mmまでは自然な丸みを帯びた適度な補正が施されているようです。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
このスケールは現代的な超高性能レンズ用のものであり、1970年代のレンズには少々酷なものです。
MTF
開放絞りF2.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、開放から十分な高さを示しています。
画面の周辺に向かうに従い、山の頂点が左右に大きくずれていきますが、これは画面の周辺部ではピント位置がずれていることを表しています。
少ないレンズ構成枚数の中で補正を行うには、このような特性にすることで、ズレは残るものの画面全体を平均化させている設計上のテクニックです。
画面の隅の像高21mmは、かなり山が低いというか、すでに山の形が残っておらず、解像度が著しく低下していることがわかります。
しかし、フィルム時代の画面の隅の部分は、写真店へプリント依頼する場合、フィルムサイズとプリントサイズの違いから印刷されません。
そのため、一般の人はほとんど目にしない部分であり、レンズサイズを優先し性能を妥協するのは良くあることで、この時代のレンズであれば驚くほど性能が低いわけではありません。
小絞りF4.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りのMTFです。
開放絞りでの性能の苦しさとは打って変わり、MTFが高く改善します。
画面の周辺の像高18mmあたりまで、倍率色収差や軸上色収差が十分に補正されていることが要因です。
この時代のレンズは、開放Fnoとはあくまで緊急用途で、普通に「レンズとは一段絞って使う物」が正しい作法とされていた時代です。
おそらくは、作法にのっとり一段絞ったところで真価を発揮するよう狙って設計しているとも推測されます。
しかし、画面の隅の像高21mmあたりではあまり改善がないようです。
総評
元祖パンケーキレンズPENTAX-M 40mm F2.8は、開放絞り時は少々味のある描写ながら、色収差を極力抑えることで、一段絞ればまた別の顔を見せる秀逸なレンズでした。
パンケーキレンズとはいえ、小さいだけのレンズと侮っていけません。
解像度が重視される現代ではこのようなレンズは評価されづらいところですが、また見直され再販されたりするとうれしいですね。
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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作例・サンプルギャラリー
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製品仕様表
製品仕様一覧表 smc PENTAX-M 40mm F2.8
画角 | 56度 |
レンズ構成 | 4群5枚 |
最小絞り | F22 |
最短撮影距離 | 0.6m |
フィルタ径 | 49mm |
全長 | 63.4mm |
最大径 | 18mm |
重量 | 110g |
発売日 | 1976年 |