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【深層解説】 シグマ超大口径広角レンズ SIGMA Art 35mm F1.2 DG DN-分析053

この記事では、シグマのミラーレス一眼カメラ専用の交換レンズである超大口径広角レンズ 35mm F1.2 DG DNの歴史と供に設計性能を徹底分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

レンズの概要

SIGMA 35mm F1.2は、高性能で有名なArtシリーズの中でもフルサイズミラーレス専用として開発された超大口径広角単焦点レンズです。

まずは、一般常識であると思いますが、SIGMAの製品名称の定義についておさらいしてみましょう。

SIGMAのレンズは。基本シリーズとして3ジャンルに分かれています。

  • Art (高性能)
  • Contemporary (バランス型)
  • Sports (高機動)

(カッコ)内の説明については、公式HPに記載された説明を一言で意訳しました。

そして、名称の末尾の記号(例:35mm F1.2 "DG DN")などについては以下になります。

  • DG (フルサイズ用)
  • DC (APS/フォーサーズ用)
  • HSM (超音波モーター)
  • DN (ミラーレス専用)

今回の記事で紹介する製品は、Artシリーズ 35mm F1.2 ”DG DN”ですから、「フルサイズ」の「ミラーレス専用」となります。

旧来までのミラー有一眼レフ用として設計された製品ならば、マウントアダプタを利用してミラーレス一眼へレンズを流用できましたが、「この製品はミラーレス専用」となりますので注意が必要です。

また、SIGMAは、各社のレンズマウントに合わせた製品を販売していますが、執筆現在(2021年)におけるDNシリーズはソニーEマウントにのみに対応しています。

私的回顧録

ミラー有一眼レフの全盛期となる1970年から2020年ごろまでの長きに渡り、35mmのレンズとは悲しみに溢れた不遇の焦点距離であったと言えます。

ミラー有一眼レフは、レンズと撮像素子の間にファインダーへ光を導くためのクイックリターンミラーを配置するために広いスペースを確保しなければなりません。このレンズと撮像素子の距離をバックフォーカスと言います。

焦点距離35mmのレンズは、50mmレンズと「標準レンズ」として一括りに扱われることがありますが、少々広角ゆえにバックフォーカスを長く取ることが難しく、ミラー有一眼レフ用としては性能改善に難がありました。

そのため、十分な性能を確保しようとすると、製品が大型化してしまうために50mmレンズに比較すると、35mmレンズはFnoを少し暗くしてある製品が多いのです。

(SIGMAのArtシリーズはサイズ感を無視したことで有名でしたが…)

標準レンズの「画角」としては人の目の自然な視野に近い35mmレンズの方が違和感の薄い気がしますが、対称型構成にできる50mmレンズは小型で安く高性能かつFnoが明るいゆえに標準&王道の地位を手放す事が無かったわけです。

関連記事:50mmレンズについてはガウスレンズの歴史を参照してください

結果、35mmレンズは標準と言われながらも50mmに一歩及ぶことのできない、悲しみに溢れる苦渋の50年を過ごす事になったのです。

(標準レンズの定義は所説あります。上記は著者の思い込みです)

さて2020年を超えるとカメラはすっかりとミラーレス一眼が主流の時代となりました。

ミラーレスカメラであれば、バックフォーカスの短い光学設計が可能となります。

ならば「真の意味で35mmが標準となり、黄金時代を迎える」のかもしれませんね…

文献調査

さて、F1.2の超大口径単焦点ですから、調査などと言うレベルの作業は不要で、ぱっと見でわかります。

特開2019-197125であることは間違いありませんが、わずかに構成枚数が異なるようですが、特に構成のよく似る実施例4を製品化したと仮定し、実施例設計データを以下に再現してみます。

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

作例・サンプルギャラリー

SIGMA Art 35mm F1.2 の作例集

当ブログの読者の方から作例をご提供いただきました。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

上図がSIGMA Art 35mm F1.2の光路図になります。

本来の構成は12群17枚ですが、この特許実施例では1枚多い12群18枚です。きっと実際の製品用に詳細に設計を詰めた結果として枚数を削減したのでしょう。

この断面図で第4レンズを除去するとほぼ製品レンズと同じ見た目になります。

色収差を補正するためのSLDレンズを3枚、球面収差や像面湾曲を補正するための非球面レンズも3枚導入しています。

35mm F1.2仕様の製品は、他にあまりありません。過去に分析した類似製品としては40年ほど前に設計されたZuiko 50mm F1.2をご覧いただくといかに現代レンズが、高次元の補正が行われているかお判りになるかと思います。

関連記事:Zuiko 50mm F1.2

縦収差

球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差は、これはもはや紛れもない直線と言えます。Fnoが明るいレンズというのは多量の光が入る事を意味します。多量に光が入ると極小の1点に結像させる事がより難しくなります。

1点に集光できないズレが「収差」と言われる量ですが、このレンズはF1.2の超大口径でありながら、極少の収差に抑える事を実現しているのです。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差も、球面収差に劣らず極少に抑えています。SLDレンズを3枚導入した効果でしょう。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲も、同様に小さくまとめられています。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、像高21mm画面隅では-5%程度まで発生しており、樽形状になっています。

安価なズームレンズの広角端ではこの程度の量が残っていることがありますが、通常のSIGMA Artレンズの歪曲収差は約ゼロですからかなり大きな量を残しています。

この理由は公式HPに記載がありますが、歪曲収差や周辺減光はカメラ側での画像処理で補正している事が説明されています。

光学ファインダーやフィルムカメラとは違い、ミラーレス一眼では常に画像処理のかかった映像しか見る機会がありませんから、デジタル処理に適した部分はそちらで処理し、他の収差をできるだけ補正する新時代の収差補正を行っているという事なのでしょう。

倍率色収差

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差も、少々大き目にg線(青)を残していますが、こちらも画像処理で補正しているものと推測されます。

横収差

左タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差を見てみましょう。

横収差で見てみるとg線(青)は、画像処理で補正を前提としているので多少ずれているものの、F1.2の超大口径とは信じ難いレベルの収差補正が行われています。

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スポットダイアグラム

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

スポットダイアグラムで見ると標準スケールでは「ほぼ点」と言える集光度です。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

詳細に見てみますとg線(青)の残り具合がわかります。

MTF

開放絞りF1.2

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

MTFは解放Fnoから衝撃の高さと位置の一致度です。

完全に「解放から使える」設計を狙っていることがよくわかります。

小絞りF4.0

FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

F4.0まで絞り込むと画面周辺部のMTFの山まで衝撃的に向上します。

総評

SIGMA Artレンズ初のF1.2超大口径レンズと言うことで、光学的に異常なレベルの収差補正が行われていると身構えましたが、現代的な画像処理による収差補正と組み合わせる事でサイズ感にも配慮した緻密な設計が行われていることがよくわかりました。

例えば、重量の観点で改めて過去に分析しましたSIGMA Art 35mm F1.4の方と比べますと、今回FnoがF1.2と明るくなっているのにF1.4と同程度な高い性能に仕上がっていますが、重量的には300gほどの増加に抑制されています。

関連記事:SIGMA Art 35mm F1.4

大口径&高性能な35mmレンズを求める方は、これ以上の無い選択肢と言えるでしょう。

このレンズによって全ての35mmレンズの悲しみが救われ、35mm黄金期が訪れることを祈らずにはおられませんね。

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

このレンズに最適なカメラをご紹介します。


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製品仕様表

製品仕様一覧表 SIGMA Art 35mm F1.2 DG DN

画角63.4度
レンズ構成12群17枚
最小絞りF16
最短撮影距離0.3m
フィルタ径82mm
全長136.2mm
最大径87.8mm
重量1090g
発売日2019年7月26日

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

以下の分析リストでは、記事索引が簡単です。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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