この記事では、すでにシグマから発売されているミラーレス一眼カメラ用の広角単焦点35mmレンズの3本(F1.2/F1.4/F2.0)をまとめて比較検証します。
当ブログでは、SIGMAのミラーレス用の35mmレンズを全て分析しておりますので、事前に個別の記事のご覧になりたい方は下記のリンクをご参照ください。
比較分析とは、エンジニアの基本的な嗜みですから改めてデータを並べることで新たな発見を期待できますね。
レンズの概要
最初にフルサイズのミラーレス一眼カメラが発売されたのはSONY α7で2013年のことでした。
カメラメーカー各社に対応した交換レンズを販売するSIGMAは、しばらくの間一眼レフカメラ用レンズのマウント部のみをミラーレス用に改造する形で対応していました。
その後、カメラメーカー各社のミラーレスカメラ化の流れが本格化した2019年、フルサイズミラーレス専用レンズの販売を開始しました。
SIGMAレンズの製品名称を見ると「DG」はフルサイズ用を示し、「DN」はミラーレス一眼カメラ用を示します。
よって「DG DN」と記載されていればフルサイズのミラーレス一眼カメラ用となるわけですが、これにはSONY Eマウント用とSIGMA/Panasonic/Leica用のLマウント用の2種類があるため注意が必要です。(2023年現在)
本記事では、SIGMAのフルサイズミラーレス用のレンズとしては最も力を入れている様子の焦点距離35mm仕様のレンズを総まとめしたいと思います。
まずは、SIGMAのフルサイズミラーレス用の焦点距離35mmレンズの系譜を発売日順に確認してみましょう。カッコは発売年
- 35mm F1.2 DG DN (2019年)12群17枚
- 35mm F2.0 DG DN (2020年) 9群10枚
- 35mm F1.4 DG DN (2021年)11群15枚
発売年ごとに並べると、2019年から毎年35mmレンズを発売しているという驚愕の事実を目の当たりにしてしまいますね。
すでに当ブログではこの3本を分析しておりますが、改めて3本を並べて俯瞰することで、SIGMAの35mmレンズに対する愛憎模様を感じ取ってみたいと思います。
私的回顧録
『35mm愛』
すべて勝手な憶測だけでできている当ブログですが…
またも勝手な意見を述べさせていただくと「SIGMAの35mm愛は異常」と言わざるを得ない状況です。
一般的に、標準レンズ50mmは各社とも複数の製品をラインアップするのが慣例となっております。
これがSIGMAの場合は、様相が異なります。
2012年、SIGMAレンズのリブランディングであるArtシリーズの創設時に最初に発売したのは35mm F1.4 DG HSMでした。
その後、Artシリーズで50mm F1.4 DG HSMが発売されたものの、執筆現在(2023年)ミラーレス用へのリニューアルもなければContemporaryシリーズなどの仕様違いのレンズも発売されていません。
だいぶ長らくフルサイズ用50mmレンズは1本しか販売していないのです。
一方の35mmレンズは、Artシリーズ第一段として発売後、ミレーレス専用としてなんと35mm F1.2 DG DNを発売します。
一見、同じように見える50mm F1.2レンズならば、昔から定期的にどこかのメーカーが発売している珍しくはない仕様のレンズです。
しかし、35mm F1.2の広角超大口径仕様は、「フルサイズ用でオートフォーカス対応」の条件を付ければ実質的にSIGMAレンズしか存在しないような超レア仕様です。
そのような度肝を抜くレンズを発売後、立て続けにコストパフォーマンスの高い35mm F2.0 DG DN、満を持してのミラーレス専用に超高性能化した35mm F1.4 DG DNと信じられないペースで35mmを増やしました。
その間、標準レンズたる50mmレンズは全くの音沙汰無し…
世界のレンズ愛好家の心をもやもやとさせているわけです。
一体、どのような信念があればここまで35mmレンズに情熱を込めることができるのか?
よほど35mmを偏執的に愛する会社幹部がいるのか?前世でガウス先生と確執があった光学設計者がいるのか?
疑問を解消することはできませんが、それぞれのレンズを改めて比較検証することで、その愛の一端を感じることができるかもしれませんね。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図の左が35mm F1.2(青)、中央が35mm F1.4(黒)、右が35mm F2.0(赤)の光路図になります。
比較しやすいように同じ描画倍率で表示しています。
構成枚数は、35mm F1.2が12群17枚、35mm F1.4が12群15枚、35mm F2.0が9群10枚となります。
やはり、Fno明るいF1.2レンズの構成枚数が最も多いようで、過去に分析した当ブログで最も明るいFnoであるNIKKOR Z 58mm F0.95の構成枚数に匹敵します。
そして、Fno暗いF2.0レンズは少枚数でサイズも最も小さいようです。
当ブログが独自開発し無料配布しておりますレンズ図描画アプリ「drawLens」を使い、さらにわかりやすく描画してみましょう。
上図では、レンズに採用されている特殊ガラスと非球面レンズの配置を示しています。
35mm F1.2には特殊ガラス3枚と非球面レンズ3枚、35mm F1.4には特殊ガラス4枚と非球面レンズ2枚、35mm F2.0が特殊ガラス1枚と非球面レンズ3枚を採用しています。
非球面レンズは、球面収差や像面湾曲の補正に好適な物ですが加工が難しく高価な部品です。
そのように高価な部品を製品価格のとても安価な35mm F2.0にも3枚も採用しており妥協の無い収差補正に対する信念を感じますね。
特殊ガラスとは、色収差の軽減を目的に採用されます。一般にFnoが明るいほど補正が困難で採用数が増します。
今回は、特殊ガラスの種類についてさらに解説しましょう。
上図は、日本が誇るガラスメーカーHOYA社の販売するガラスの全種類を示す通称「ガラス図(nd-vd図)」と呼ばれるものです。
縦軸は光を曲げる強度である屈折率(nd)で、横軸は光の色への影響度であるアッベ数(vd)、点の数だけガラスの種類が存在します。
HOYA社だけでも販売されているガラスの種類は、およそ100種類はあるでしょうか。
SIGMAは、この中でも色収差補正効果が高く価格の高価な材料にブランド名を付けており、HOYA社の図をお借りしてSIGMAのブランド名を書き加えました。(あくまで私の推測です)
- ELD:ExtraordinaryLowDispersion
- SLD:SpecialLowDispersion
- FLD:”F”LowDispersion
左下の3種類の材料が特に色収差の補正効果が高く、35mm F1.4に採用されている「FLD」に至っては蛍石(fluorite)に匹敵する効果を得られます。
蛍石とは、例えばNIKONのレンズでも400mm F2.8大口径超望遠など限られたレンズにのみ採用される素材ですから、これに近い材料であると言えばいかに高価で希少性が高いのかをご理解いただけるでしょうか。
縦収差
左35mm F1.2(青)、中央35mm F1.4(黒)、右35mm F2.0(赤)
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差は、基準光線であるd線(黄)を見ると3本ともに遜色無い高レベルに補正されています。
F1.2の超大口径でほど収差補正が難しいわけですが、安価に仕上げることが要求されるF2.0もこのレベルに補正するのは簡単なことではありません。
あまりの高性能さに逆に良くわからない方は、古き良き時代の焦点距離35mmレンズがどのような性能だったのか、こちらの記事も参考にしてはいかがでしょうか?
関連記事:AiAF NIKKOR 35mm F2.0D
関連記事:MINOLTA AF 35mm F1.4
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差も、同様に高い次元で補正されていますが、補正に困難を決める超大口径F1.2がわずかですが最も軸上色収差が少なく見えます。
もはや常軌を逸していますね。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、若干3本ともに特徴があるものの、絶対値的には同じレベルの範囲に収まっているようです。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、ミラーレス一眼カメラ用の特徴で、旧来のレンズよりも大きくなっています。
これは画像処理によって補正することを前提としていることを示唆しています。
グラフの上端(画面の隅側)でマイナス側に5%程度まで倒れる形状で、撮影すると樽型に歪むはずですが、画像処理によって引き延ばされ違和感の無い状態に戻されるのです。
倍率色収差
左35mm F1.2(青)、中央35mm F1.4(黒)、右35mm F2.0(赤)
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、それぞれに特徴的です。
35mm F1.2は、画面中心側は小さく、画面の周辺へ行くに従い増大する傾向で、中心の解像度を高める狙いが見えます。
F1.2の超大口径なので深度が極浅く、周辺はボケていることが多く、中心域を有利に味付けしているのではないでしょうか。
35mm F1.4は、極小ではありませんが、画面全域で平均化を図っているようです。
35mm F2.0は、控えめなFnoだけに3本の中では最も程よくまとめられているようです。
ただし、ミレーレス一眼カメラ用なので倍率色収差と同様に画像処理による補正がかかると思われます。
横収差
左35mm F1.2(青)、中央35mm F1.4(黒)、右35mm F2.0(赤)
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差を見てみましょう。
縦収差では十分な補正に見えたものの、35mm F1.2は超大口径だけあり、g線(青)の変動が目立ちます。
一方で、35mm F1.4の方は全域でバランスよく補正がなされていることがわかります。
仕様的に有利であることと、35mm F1.4の方が特殊ガラスの採用数が多いところもポイントでしょうか。
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スポットダイアグラム
左35mm F1.2(青)、中央35mm F1.4(黒)、右35mm F2.0(赤)
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
標準スケールでは、35mm F1.4と35mm F2.0が拮抗しています。Fno段数として一段の違いがあるに驚異的なことです。
35mm F1.2は比較するとわずかに大きいですが、絶対値としては十分に良くまとまっている方です。
関連記事:Fnoとレンズのサイズ
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
拡大すると35mm F1.2のg線(青)のズレが少々目立ちます。倍率色収差の影響でしょう。
MTF
左35mm F1.2(青)、中央35mm F1.4(黒)、右35mm F2.0(赤)
開放絞り
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、信じ難いことですが35mm F1.2の中心性能が最も高いようです。
一方で、中心から周辺まで均一に高いのが35mm F1.4のようで、山だけ見ると中心なのか周辺なのか判別しづらいほどに均一です。
35mm F1.4は、他社も相応に力を入れている激戦区であり、雑誌社などの評価では特に周辺部を細かく比較されるためバランス重視とせざる得ないのでしょう。
35mm F2.0が画面の周辺部に行くに従い山の位置ズレが少々発生するようです。
Fno仕様の異なるレンズのMTFを並べると、Fnoの明るいF1.2のようなレンズほどMTFグラフの山の形が鋭いことにお気づきでしょう。
これは深度が浅いことを示しています。F1.2とF2.0の山の幅は倍ほども異なりますね。
小絞りF4.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
絞ることで収差が削減されMTFは改善します。
今回のレンズは、元が高い性能のレンズなので、高くなりすぎてもはや何かコメントをつけるような差になりませんね。
総評
ミレーレス一眼カメラ用に新生されたSIGMA 35mmシリーズは妥協の無いレンズですが、けっして無味無臭なのではなく、並べてみるとそれぞれの思想の違いを感じとることができました。
また、性能以外にもSIGMAのレンズのもうひとつの特徴は、国産であることも重要事項です。
SIGMAの全レンズを製造する工場は、福島県の会津地方にあり、名峰磐梯山の麓で猪苗代湖の畔にあります。
レンズの表面を磨き上げる研磨加工では水が多く使われるのですが、磐梯山の清い雪解け水により加工されているのでしょうか…
レンズの製造は、いまだに職人の手仕事が重要で、性能や品質を大きく左右するものです。
江戸時代の会津地方は徳川将軍家の流れも汲む名門家が収めた地域で、文武両道かつ工芸品の生産も盛んな土地柄ですから、レンズ生産の中にもその精神が脈々と受け継がれているのかもしれません。
このような製品が世界各地で販売され、賞賛されているとは日本人としてとても誇らしいものですね。
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以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
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製品仕様表
製品仕様一覧表 SIGMA 35mm F1.2 / 35mm F1.4 / 35mm F2.0 DG DN
35mm F1.2 | 35mm F1.4 | 35mm F2.0 | |
画角 | 63.4度 | 63.4度 | 63.4度 |
レンズ構成 | 12群17枚 | 11群15枚 | 9群10枚 |
最小絞り | F16 | F16 | F22 |
最短撮影距離 | 0.3m | 0.3m | 0.27m |
フィルタ径 | 82mm | 67mm | 58mm |
全長 | 136.2mm | 109.5mm | 64.5mm |
最大径 | 87.8mm | 75.5mm | mm |
重量 | 1090g | 645g | 325g |
発売日 | 2019年7月26日 | 2021年5月14日 | 2020年12月18日 |
※数値はLマウント用