リコー GR3x 26mm F2.8の性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
作例写真は準備中です。
新刊
レンズの概要
RICOH GRは、リコーが誇る伝統的なコンパクトカメラのシリーズ名であり、GR3xはシリーズの3代目の亜種で、従来の主力系GR製品とはレンズの仕様が異なる特別バージョンです。
過去のGRシリーズのレンズの仕様は、ほとんどがフルサイズ換算の焦点距離で28mm相当の広角レンズを基本とし、銀塩フィルム時代の製品では21mmや35mmの別仕様もわずかにはありました。
このRICOH GR3xの光学系は、焦点距離26mm Fno2.8のAPSサイズセンサ仕様ですから、フルサイズ換算で焦点距離は40mm相当となり、GRシリーズでは初の標準域の焦点距離となっています。
当ブログでは過去のGRシリーズのレンズをまとめて比較分析しておりますので、ご興味のある方は以下のリンク先も合わせてご参照ください。
関連記事:RICOH GRシリーズの比較
私的回顧録
当記事で分析するRICOH GR3xの焦点距離はフルサイズ換算で40mmですが「なぜ40mmを採用したのか?」これはなかなかに興味深い選択です。
なぜ50mmが標準なのか?
標準レンズとは一般に焦点距離50mmですが、35mmの方が適切だと思う方も多いと思います。
この50mm派と35mm派の論争を見ておりますと「喧嘩両成敗で40mmほどにすればよいのに…」と、平和的レンズ主義者の方はそう思われるのではないでしょうか?
まず、焦点距離50mmが標準レンズとされるのは、135フィルムカメラの始祖であるライカを創造したオスカー・バルナック氏が最初のライカ用レンズとして採用したのが50mmであることに由来しています。
しかし、ここで論争の原因となる大変に残念な事態が起こりました、それは「50mmレンズを採用した理由」が残っていないのです。
そのため、これまで「これこそ採用理由ではないか」としていくつかの説が挙げられても決定打が無く、現代にも続く標準レンズ論争に繋がっているのです。
ここで、カメヲタたちの心理を推察しますと「技術的に高度な考察の結果として50mmが標準として選ばれた」と思いたいわけですが、事実としては写真が好きだったオスカー・バルナック氏ですから単に「50mmの画角が好きだった」でも別に不思議ではありません。
もしくは「予算内にできたのが50mmだった」などの経済的な問題が関与している可能性もまったく否定できないでしょう。
それゆえに標準レンズ論争は永遠に続くわけです。
また、ライカの50mmレンズは、正確な焦点距離は51.6mmであることも有名な逸話です。
これもまた、同様に51.6mmとなった理由は残されていないようです。
よって51.6mmと中途半端に感じるその数値に「なんらかの深い意図があり、50mmを標準として決定したのではないか」と深読みする方も多く、深読みに次ぐ深読みでまたまた標準論戦は深まっていくのであります。
レンズの設計を生業としている私からすると、50mmぐらいで設計してみて「性能が出しやすいのが51.6だった」だけのような気もしますが…
対角線由来説
標準50mmに対する正確な由来は失われているのですが、諸説ある仮説の中で、唯一数値的な根拠があるのが「撮像素子の対角線長さに一致させた」と言う説があります。(対角線由来説)
いわゆる35mm版フィルム(135フィルム)の対角線長さは確かに50mmに近い数値と言えます。
また、対角線長さに一致した焦点距離を標準レンズにすると、フルサイズでも中判でも大判でも画角としては同じ仕様のレンズが選定されますし、広角でも望遠でも無い中間的な焦点距離が選定されるので、標準と呼ぶにふさわしい雰囲気です。
しかし、対角線由来説を信じるには少々疑問も残ります。
では以下の図をご覧ください。フルサイズセンサの寸法模式図です。
フルサイズの対角線は43mmです。
という事は、対角線由来説によれば標準レンズは焦点距離は43mmにしなければならないのにライカのレンズ焦点距離は51.6mmと、誤差とは言いづらい量のズレがあります。
GR3xは真の標準レンズを追求したのか?
さて、答えの無い議論は終わらないのでここまでとしますが、対角線由来説を信じると焦点距離40mmと言うのは「真の標準レンズ」であるとも言えます。
ここでレンズ交換の効かないカメラ一体型のRICOH GRへ40mm(相当)のレンズを搭載してきたということは、当然ながら「真の標準」というものを強く意識した結果なのでしょう。
※すべて勝手な憶測です。
では具体的に「真の標準レンズの性能」を見て参りましょう。
文献調査
日頃の特許パトロールの中で、なにやら不審な単焦点レンズの特許出願がRICOHから行われていることを認識しておりましたが、まさかGRに採用することを想定していたとは流石の私でも気が付きませんでした。
RICOH RG3xの発売が発表され、同時に情報の中にはレンズの構成図も含まれておりますから簡単に判明しました。
RICOH RG3xの関係特許は特開2020-144271でしょう。その中でも見た目的には実施例4が近そうですから、これを製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
なお、本レンズはAPS-Cサイズのレンズとなりますが、フルサイズレンズと比較を容易とするためグラフ類のスケールをフルサイズレンズとそのまま比較できるように調整しています。
イメージ的に表現すると、もしもフルサイズセンサ用に拡大したらこうなる、と言う関係になるようグラフの尺度を変更してあり、光学系としては並べて評価が可能となります。
注意事項としては、レンズ的(光学的)にはこの評価で特に問題はありませんが、実際の写真としてはセンサの小さいカメラはノイズや画素数の点で大判には劣ります、そこは加味しておりませんのご注意ください。
詳細については下記の記事もご参照ください。
関連記事:センサーサイズとレンズサイズ
光路図
上図がRICOH GR3x 26mm F2.8の光路図になります。
5群7枚構成、最も被写体側の第1レンズと最も像側の第7レンズに非球面レンズを採用しています。
この形態はGR3の被写体側へ凸レンズを追加した形と言うべきでしょうか。
過去にも分析した通り、長い年月をかけて研ぎ澄まされたGR3の光学系はまさにレンズ設計の真髄に近く、この設計を元にした改良型としてGR3xが成立しているというわけですね。
話の筋ではわかっても「実際にこんな事が可能なのか」とわが目を疑わざる得ないレベルの構成です。
製品の名称として「GR3」と言う部分を残した理由はここにあったのかと納得しますね。
GR40でも良かったはずなのにあえて「3」を残した理由がしっかりと存在していたのですね。
もし、GR3の光学系をご覧になっていないようでしたら、以下の記事をご参照ください。
関連記事: RICOH GRシリーズの比較
縦収差
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、標準レンズと聞くとマイナス側に膨らんだフルコレクション型のいかにもな形状かと思い込んでしまいますが、GR3xはかなり極小に収差を補正し、開放からカリカリの高い解像力であることを予測させます。
軸上色収差も、現代的らしいレベルに補正されています。
像面湾曲
像面湾曲は中間像高のタンジェンシャル方向で若干のふくらみがありますが、横収差とのバランスを取っているのでしょう。詳しくはMTFでバランスを確認しましょう。
歪曲収差
歪曲収差はわずかにプラス側のいわゆる糸巻き型の方向に収差が残ります。一般的に標準レンズに採用されるダブルガウスタイプはマイナス側に歪曲収差を残すので逆向きですね。
1%程度にも満たないので実写で気になるレベルでは無さそうです。
倍率色収差
倍率色収差は極めて丁寧に補正されており、言及する必要も無いでしょう。
横収差
横収差として見てみましょう。
レンズを収納すればフラットになるコンパクトなデザインのGRの筐体に収まる小型な光学系であることを考慮しますと、タンジェンシャル方向(左側グラフ)の特性はもう十分な補正がされていると言えるでしょう。
グラフ中心部での色収差のズレも少ないので、小絞りにしても倍率色収差も目立たないでしょう。
サジタル方向(右側グラフ)の画面隅の像高14mmあたり(一番上)での収差であるサジタルコマフレアが残りますが、画面隅の話ですし、優秀なレベルです。
新発売
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。
標準スケールでは画面中間域である像高7mmあたりまではほぼ点の特性です。
スポットスケール±0.1(詳細)
横収差で見えるサジタルコマの影響で、画面隅の像高14mm付近ではだいぶV字になります。
MTF
開放絞りF2.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
やはり開放FnoからMTFの山は極めて高く、位置も申し分ありません。
さすがに画面隅の像高14mmでは山の位置はズレるものの高さは残しておりますから、実用上の問題は無いしょう。
+方向に適度にずれる分には、むしろ背景のボケ味が良いと言われるレベルかもしれません。
小絞りF4.0
F4まで絞り込めば画面隅の像高14mmまでもズレが無く、極コンパクトなレンズながら高解像度が楽しめることでしょう。
総評
焦点距離40mmの「真の標準レンズたる焦点距離の仕様」で登場したGR3x。
妥協を許さない真の標準にふさわしい高い性能であることがわかりました。
中を見れば、GR3の光学系の設計思想を受け継いだスマートでしかもキレのあるレンズ構成と性能には驚くばかりです。
しかも広角レンズのGR3と同じ筐体サイズ内にこれを埋め込むわけですからRICOH開発陣の熱意には感服いたしますね。
厳しいコンパクトカメラの市場状況ですが、今後も長く継続してGRシリーズの新機種開発が続くことを願わずにはいられません。
さらに当記事の続きとして、RICOH GR3xと仕様の近いSIGMA 45mm F2.8の比較した記事は以下をご参照ください。
関連記事:比較 RICOH GR3x vs SIGMA 45mm F2.8
また、フィルム時代~デジタル製品までGRシリーズの性能を比較した記事は以下をご参照ください。
関連記事:RICOH GRシリーズ比較【構成編】
関連記事:RICOH GRシリーズ比較【性能編】
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
作例・サンプルギャラリー
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製品仕様表
製品仕様一覧表 RICOH GR3x 26mm F2.8
撮像素子 | APS-Cサイズ |
レンズ構成 | 5群7枚 |
焦点距離 | 26.1mm(換算40mm) |
最小絞り | F16 |
発売日 | 2021年10月1日 |