ミノルタの大口径望遠ズーム AF APO 80-200mm F2.8の性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
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レンズの概要
ズームレンズの中でも、プロ御用達の上位レンズの一部は俗に「大三元レンズ」と呼ばれています。
まず、本来の大三元とは麻雀用語で、ゲームでのアガリ手段の中で高得点を得られる特別な組み合わせ「役満の一種」です。
大三元は特定の3種の牌(パイ)を集めると成立するため、これを転じて「最上級の3本のレンズ」との意味合いで大三元レンズと称されているのです。
大三元レンズは、焦点距離仕様が広角ズーム/標準ズーム/望遠ズームの3本の組合わせで、かつFnoの仕様が広角端から望遠端までF2.8一定(通し)の明るい大口径ズームレンズであることが一般的です。
Fnoが明るいF2.8の通しズームレンズは、大型化が著しく、収差補正に課題もあり、各社から製品が出始めるのは1980年代以降のことで、大三元レンズの形が定番化したのは2000年代を越えてからです。
それでは、当記事で分析するMINOLTAの大三元レンズの一角である大口径望遠ズームレンズの系譜を確認しみましょう。
- MINOLTA AF APO 80-200mm F2.8 (1987)当記事
- MINOLTA AF APO 70-200mm F2.8G D SSM (1993)
- SONY FE 70-200 mm F2.8 GM OSS (2016)
- SONY FE 70-200mm F2.8 GM OSS II (2021)
※(カッコ)発売日
MINOLTAは、かつてオートフォーカス一眼レフを世界で初めてシステム化した名門カメラ企業でしたが、2006年にSONYへカメラ事業を譲渡していますので、MINOLTAからSONYまでを一覧にまとめています。
MINOLTAが世界初のオートフォーカス一眼レフカメラα-7000を発売したのが1985年、その後の1987年に大口径F2.8仕様の望遠ズーム80-200mmが初登場しています。
このレンズは1993年、光学系を流用しフォーカス機構などを強化したGタイプとなり、ズームレンズとしては比較的に息が長く生産されたようです。
ちなみに、F2.8一定(通し)の大口径ズームレンズであることにはいくつかの重要性がありました。
まず、当時はフィルムの時代ですから、常用ISO感度は400が一般的な時代です。Fnoが少しでも明るい事は撮影機会を拡大するうえで大変重要でした。
また、当時は光学ファインダーの時代ですから、レンズを通した素通しの明るさで見ることしかできません。F5.6などのレンズではファインダー像が暗く見づらいため、ファインダー像を観察しやすい明るい像にするため大口径レンズであることは重要でした。
ミラーレス一眼カメラは、ファインダー画像の明るさをデジタル的に明るく補正してしまうため、現代のミラーレスユーザーにはピンと来ないかもしれませんね。
さらに、Fnoが一定であればズーム動作しても露出条件が一定ですから各種セッティングを変更する手間がかかりません。まだ自動露出も完璧ではなかった時代ですから露光条件に厳しいポジフィルムを使うプロには重宝されたわけです。
現代のデジタルカメラは非常に正確な自動露出が可能で、かつ瞬時に撮影結果がわかりますから、この点も今では伝わりにくい時代になりました。
それではMINOLTAの初代大口径F2.8仕様の望遠ズームの性能を確認してまいりましょう。
文献調査
各社の特許出願の方針というのは明確に分かれておりまして、思いついた事を片っ端から出願する企業もあれば、比較的製品に近い事しか出願しない企業、特許自体をあまり出願しない企業、MINOLTAは製品化された事は特許出願を行う企業なので、発売年近傍の特許を調べますと発見することができます。
発見した特開1989-039542を確認すると多数の実施例が記載されておりますが、形状から推測して実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
上図がMINOLTA AF APO TELE ZOOM 80-200mm F2.8の光路図になります。
本レンズは、ズームレンズのため各種特性を広角端と望遠端で左右に並べ表記しております。
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mmの状態です。
英語では広角レンズを「Wide angle lens」と表記するため、当ブログの図ではズームの広角端をWide(ワイド)と表記しています。
一方の望遠レンズは「Telephoto lens」と表記するため、ズームの望遠端をTele(テレ)と表記します。
レンズの構成は13群16枚、実施例のガラス材料データから推測すると色収差の補正に効果的な異常分散ガラスを1枚は採用しているようです。
続いて、ズーム構成について以下に図示しました。
上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。
ズーム構成を確認しますと、レンズは全4ユニット(UNIT)構成となっています。
第1ユニットは、全体として凸(正)の焦点距離(集光レンズ)の構成となっていますが、このズーム構成を凸(正)群先行型と表現します。
この凸群先行型は、望遠端の焦点距離が70mmを越えるズームレンズで多い構成です。
高倍率ズームや望遠ズームレンズは、ほとんど全て凸群先行型と見て間違いありません。
第2ユニット、第3ユニットが望遠端になるにつれて撮像素子側へ移動し、第1ユニット、第4ユニットは固定されています。
現代的で複雑怪奇な構成とは異なり、各レンズの形も大変に力強く、単純明快なズーム動作を見ると古き良き昭和の時代を感じますね。
第1ユニットの重厚な居住まいに魅了されます。
望遠ズームレンズには、第1ユニットが固定の物と飛び出す(移動する)物の2種類があります。
第1ユニットが飛び出すタイプは、広角端の状態にすると全長をとても小さくできるので、高い携帯性を求めるユーザーに人気です。
第1ユニットが固定のタイプは、堅牢性が高く、ホコリや水分の入り込みも少なく、報道機関など荒っぽい現場では好まれるようですね。
大口径望遠ズームは、スポーツや報道などの現場でも使われることが多いためか、第1ユニットを固定式にすることが一般的のようです。
縦収差
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、基準光線であるd線(黄色)を見ると左側図の広角端ではほんのりとマイナス側にふくらみますが、右側図の望遠端は鋭い直線状に補正されています。
FnoがF2.8とズームレンズとしては大口径ですが、素晴らしく補正されているようです。
画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、特殊材料をふんだんに採用する現代的なレンズに比較すると劣るものの、当時頃の大口径単焦点レンズと同程度といったところでしょうか。
このレンズの名称にも使われている軸上色収差の補正具合を指す用語(APO)を少し紹介しましょう。
まずAchromat(アクロマート)とは、収差図で「f線(水色)~C線(赤)」波長にして「486nm~643nm」の範囲の軸上色収差が補正されていることを指し、色収差がほどよく補正されているという表現です。
ただしAchromatの場合、さらに短波長のg線(青)については波長が430nmなので少し補正不足の状態とも言えます。
Achromatは、光学技術が発展途上だった、少し古い時代のレンズの補正具合と言えるでしょう。
このレンズにも刻まれたApochromat(アポクロマート:APO)は、さらにg線(青)の色収差も補正され、「軸上色収差が完璧に補正されたレンズ」であることを示します。
通常、色収差の大きくなる望遠端の軸上色収差を見ると、f線(水色)とd線(黄色)またg線(青)とC線(赤)とが重なるようなグラフとなっています。
これは全体として色収差が目立ちづらい状態(特定の色だけズレない)となるよう配慮されたものと推測されます。
ただし、今回の特許文献には色収差のグラフが無かったため、設計値の再現度合いが適正か若干の疑念もありますのでご了承ください。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、球面収差に習うよう素直な特性でまとめられています。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、左側図の広角端側ではマイナス側に倒れるため樽型に歪み、右側図の望遠端ではプラス側に倒れるため糸巻き型になります。
この時代のズームレンズとしては標準的といったレベルです。
倍率色収差
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、広角端も望遠端も画面の隅側であるグラフの上端で開くような特性となります。
左側図の広角端は現代的に見ても優秀なレベルですが、右側図の望遠端側は少し大きめです。
焦点距離的な特徴でもありますが、スポットダイアグラムの形がいびつになりやすい焦点距離が短い側の方が倍率色収差が目立ちやすいため、広角端を重視するのはよくあるパターンです。
後半のスポットダイアグラムの項で再確認しましょう。
横収差図
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。
左列タンジェンシャル方向は、大口径ズームでありながらコマ収差(非対称)は少ないですね。
望遠側は、軸上色収差の影響でg線(青)やC線(赤)のハロ(傾き)が少々目に付きます。これは光の色ごとのピント位置がずれることを示しています。
右列サジタル方向も優秀です。
新発売
スポットダイアグラム
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
画面の中心を示すグラフの最上段を見ると、左側図の広角端はg線(青)が少々目立ちますが、右側図の望遠端は印象良くまとまっています。
収差図だけではなかなか評価が難しい点がよくわかりますね。
Apochromat(アポクロマート:APO)と名乗るのも伊達ではないようです。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
このスケールは現代的な超高性能レンズの比較用に準備しておりますので、この時代の大口径ズームに適用するのは少々厳しい評価だったようですね。
MTF
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離80mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離200mm
開放絞りF2.8
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、左側図の広角端は山は十分に高いものの画面内の位置(像高)ごとの山の位置のズレがでています。これは像高ごとにピントの位置がずれることを示しています。
右側図の望遠端は山の位置ズレは少ないものの、全体に山の高さが低めです。
しかし、この時代の安価な単焦点レンズと同程度か、むしろ良いぐらいのレベルにはあると思います。
小絞りF4.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
左側図の広角端側は元から山の高さはあったので改善は少ないですが、右側図の望遠端側は画面の中間の像高12mmあたりまでの山がグッと向上することがわかります。
総評
MINOLTA AF APO TELE ZOOM 80-200mm F2.8は、初期の大口径望遠ズームのためもっと大雑把な性能かと思いましたが、実用性は十分ある骨太なレンズであることがわかりました。
その後も改良され長く愛されたのも納得です。
オートフォーカスにも対応した、MINOLTAの初代大口径レンズにふさわしい端正な佇まいに昭和の重厚さを感じる1本でした。
なお、このレンズの発売から約30年後にミラーレス時代に発売された後継製品も分析しておりますので参考にご覧ください。
関連記事:SONY FE 70-200mm F2.8 GM OSS
関連記事:SONY FE 70-200mm F2.8 GM OSS II
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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製品仕様表
製品仕様一覧表 MINOLTA AF APO TELE ZOOM 80-200mm F2.8
画角 | --度 |
レンズ構成 | 13群16枚 |
最小絞り | F-- |
最短撮影距離 | 1.8m |
フィルタ径 | 72mm |
全長 | --mm |
最大径 | --mm |
重量 | ---g |
発売日 | 1987年 |