分析052 写ルンです -3- 光学編

富士フィルムが販売するフジカラー「写ルンです」の性能分析・レビュー記事です。作例写真は実写編をご覧ください。

レンズの概要

フジカラー「写ルンです」は、富士フィルムが販売する「レンズ付きフィルム」の商標です。

「レンズ付きフィルム」とは、簡易的なカメラにフィルムや電池を製造時に装填した状態にして販売されている商品で、購入した瞬間から撮影が可能であり、撮影後にはそのままカメラ店へ持ち込めば写真がプリントされ、またカメラ部分は回収されリサイクルし再販売されるシステムとなっています。

よく「使い捨てカメラ」と呼ぶ方がいますが、リサイクルを前提としたエコなシステムであり、写真・カメラ好きを自称される方は正規名称である「レンズ付きフィルム」と呼んでいただきたいものです。

1987年に135フィルムを搭載した「写ルンです」の発売以降、1990年代には若者を中心に絶大な支持を受け、各世代へ広がった結果、日本の平成期を代表する大ヒット商品に成長しました。

過去2回の記事では「写ルンです」の歴史や構造について紹介を行いましたが、本記事では光学系の分析を行います。

関係する「写ルンです」シリーズ記事は以下をご参照ください。

  1. 基礎編
  2. 構造編
  3. 光学編(本記事)
  4. 実写編

しかし、一言で「写ルンです」と言っても多くの派生モデルがあり、例えば接写タイプや望遠タイプなどの光学系の異なる派生モデルが存在します。

このなかで、本記事では1987年の発売初期から存在する標準モデルに相当する光学系の分析を行います。

さて「写ルンです」の光学系は、現在(2021年)の公式HPの仕様一覧を見てみますと以下になっています。

レンズ:f=32mm F=10 プラスチックレンズ1枚

シャッタースピード:1/140秒

撮影距離範囲:1m~無限遠

https://www.fujifilm.com/jp/ja/consumer/films/utsurundesu-simpleace/specifications

以上、レンズに関する仕様を引用しました。

f(焦点距離)は32mm、F(Fno)は10固定で、プラスチックレンズ1枚で構成していると、隠し立てすることなく公開されています。

一方で「写ルンです」が発売開始された1987年頃の広告の一部を拡大すると当初は少し仕様が異なっていたようです。

以下の画像は販売開始当時の広告資料です。

拡大して右上の仕様欄を見てみますと、1987年の初期モデルでは、f(焦点距離)は35mm、F(Fno)は11だったようです。

以下が画像の拡大したものです。

私的回顧録

さて、前回の記事「写ルンです」構造編でも説明しました通り「写ルンです」の光学系の特徴の一つにフィルムをカーブ(湾曲)させて装着してあると紹介しました。

このフィルムをカーブ(湾曲)させる逸話は、数十年前から知っていたはずですが、どう覚えたのか記憶はさっぱりありませんが、この逸話を知った当初は「なんと柔軟な発想だ」と恐れ入った記憶があります。

しかしながら、フィルムをカーブ(湾曲)に関して長らく疑問に思っていた事があります。

何が疑問かと言えば、撮像素子をカーブさせると実際にどのぐらい性能改善の効果が期待できるのかが良くわかりません。

なぜなら、一般的な光学設計では、撮像素子を平面として設計しますので、経験が無いのです。

単純に憶測で「わずかに像面湾曲を改善できる程度の物」だろうと思っていました。

今回、「写ルンです」の関連文献や特許を読む中で、なんとも不思議で多大な効果が出ることがわかりました。

実は、この面白い効果を世に紹介するために「写ルンです」を分析する企画を今回立案したわけです。

※企画の立案も採決も私がするんですけど…

文献調査

前回の構造編でも紹介した「写ルンです」に関する基本特許のひとつと思われる特開昭63-199351には多数の設計例が記載されています。

この特許に記載されたレンズは、ホームページ等で公開されている情報と同じく、プラスチック製で1枚だけのレンズであり、レンズの片面を非球面形状にしているようです。

現代では、プラスチック製で1枚だけとは言われると”おもちゃのような印象”を受けますが、当時の「プラスチック非球面レンズ」とは最先端技術だったのです。

「写ルンです」に採用された「プラスチック非球面レンズ」の技術は、元はCDの読み取り光学系(ピックアップレンズ系)の技術を転用したものだと言われています。

少々、CDやDVDなどの光ディスクについて簡単に構造を紹介しましょう。

光ディスクは、表面に極微小な凹凸が彫られており、その凹凸を読み取り”情報”へ変換します。

実際の読み取りは、凹凸へレーザー光を照射し、凹凸で反射した光をレンズで読み取り用センサーへ集光し、凹凸のパターンを検出する、と言った装置となっています。

この読み取り光学系(ピックアップレンズ系)に採用された最新技術が「プラスチック非球面レンズ」です。

このプラスチック非球面レンズが実用化された事で、CDプレーヤーも安くなりましたし、ポータブルプレーヤーのようなコンパクトな製品も誕生したのです。

現代でも富士フィルムでプラスチックレンズが販売されていようですのでリンクを下に記載します。

外部関連記事:富士フィルム プラスチックレンズ

この当時は最新技術だったプラスチック非球面レンズをいち早く採用したのが「写ルンです」だったわけです。

しかし、今回発見した特許文献には、残念ながら初期の「写ルンです」とまったく同仕様の「焦点距離35mm」「Fno11」のレンズは記載されておりませんでした。

そこで、今回の記事用に文献内の設計条件に従い、1987年ごろを想像しながら「私が自身で設計し再現してみました」。

また、「写ルンです」光学系の特徴であるフィルムのカーブ(湾曲)量は説明はあるものの、直接の数値は記載されておりませんでしたが、文献によると「歪曲収差が減りすぎない程度」にカーブさせることがポイントであると説明されています。

「フィルムをカーブさせると歪曲収差が減る」なにか感覚的には理解しがたい現象ですが、これも含めてシミュレーションを色々と行ってみましたので、以下の詳細分析をぜひご覧ください。

 関連記事:特許の原文を参照する方法

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

上図が富士フィルム「写ルンです」の光路図になります。

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図となっています。

レンズは1群1枚構成、被写体側のレンズ面を非球面形状にしています。

材料は他の資料などから判明した情報では、プラスチックの中でもアクリルを採用しているようです。

ここで、フィルムのカーブについて注意事項があります。

カーブの形状は厳密にはフィルム長辺方向(横方向)のみにカーブさせるのが正しい形状ですが、以下のシミュレーションでは手間がかかるのでフィルムが球形状(おわん型)にカーブした状態で分析を行っております。

若干ですが現物とは異なることをご了承ください。

縦収差

球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

球面収差 軸上色収差

球面収差は、いつもの分析スケールですと収差が大きすぎてはみ出してしまうので、2倍のスケールにしています。

球面収差自体は、F11とかなり暗いのでそこそこには収まっています。

球面収差は画面のど真ん中の性能の指標なので、フィルムのカーブの影響は受けません。

左右の図は同じ特性になります。

軸上色収差は、1枚で構成された光学系では収差補正がまったく聞きませんから、かなり大きく出ています。

像面湾曲

像面湾曲も普段のスケールの2倍です。

左のフィルムのカーブがゼロ(平面)の場合は、極大きな収差が出ていることがわかります。

右のフィルムのカーブがある図では、それなりに収まっているのがわかります。

フィルムのカーブとは収差としては像面湾曲と同義でありますからこれは当然の結果ではあります。

歪曲収差

不思議な動きをするのが歪曲収差です。

左のフィルムのカーブがゼロ(平面)の場合は、画面隅となる像高21㎜あたりでは10%近い大きな収差が出ていることがわかります。

右のフィルムのカーブがある図では、ほぼゼロになっています。フィルムのカーブ量でコントロール可能でこれ以上フィルムをカーブさせると歪曲がマイナス方向へずれてしまうので今回の設計値は歪曲収差がゼロになるように調整して決定しました。

言われてみれば歪曲も変化するなと思うのですが、普段はフィルム(撮像素子)をカーブさせて設計することは無いので、何かだまされているような不思議な気持ちです。

歪曲収差2次元図

歪曲収差を2次元形状へ展開したグラフ

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

こちらのグラフも左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図としています。

このグラフは、碁盤目状の壁を撮影したようなイメージのシミュレーションです。本来は真四角ですが歪曲収差で歪むことを図示化しているものです。

左のフィルムのカーブがゼロ(平面)の場合は、きつい糸巻き形状です。

こちらのグラフを見ながらフィルムがカーブ(湾曲)していることを想像すると、おわん状に曲がった物が平らに引き延ばされるわけですから、結果として歪曲が変動することが理解しやすくなりますね。

倍率色収差

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

倍率色収差も1枚のレンズなので補正が聞きませんから大きいのですが、右のフィルムをカーブさせた図では歪曲収差が減る現象が影響するため若干改善します。

横収差

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

左タンジェンシャル、右サジタル

横収差ではグラフの傾きが大きく改善することがわかります。

横収差の傾き(ハロ)とは、像高ごとのピント位置のズレ=像面湾曲を意味しています。フィルムのカーブによって像面湾曲が変化することがグラフに表れています。

スポットダイアグラム

スポットスケール±0.3(標準)

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

Fnoが11と暗いと言うことを言い換えれば、光線束が細いことを示すので、レンズ1枚の光学系ですがスポットダイアグラムはそれなりに小さくまとまっています。

左のフィルムのカーブがゼロ(平面)の場合は、周辺部(グラフの下段側)では極大きな収差が出ていることがわかります。

右のフィルムのカーブがある図では、像面湾曲の改善によってそれなりに収まっているのがわかります。

MTF

開放絞りF11

左はフィルムを平面とした図、右はカーブ(湾曲)させた図

通常の分析記事では空間周波数20本/mmでの特性を掲載していますが、今回は特許文献に11本/mmの特性が十分高ければ良いと書かれていたこともあり、それに倣い11本/mmの特性になります。

左のフィルムのカーブがゼロ(平面)の場合は、像面湾曲の影響で山の位置が大きくずれてしまいます。

右のフィルムのカーブがある図では、像面湾曲の改善によって山位置が近くに収まっているのがわかります。

総評

たった1枚だけで構成された写真用レンズですが、当時の最先端技術であるプラスチック非球面レンズと、フィルムをカーブさせることで像面湾曲と歪曲収差をコントロールすると言う創意工夫によって絶妙な製品として仕上げられた物だと知り感動に震えました。

このような製品こそ「控えめに言っても傑作」と言える、技術史上の逸品です。

フィルム文化と共に長く生産されることを切に願わずにはいられない気持ちとなりました。

作例・サンプルギャラリー

実写・サンプルについては次回「実写編」をご覧ください。

価格調査

久しぶりに「写ルンです」で遊んでみたいと思われた方は、以下のリンク先で価格をご確認ください。

製品仕様表

製品仕様一覧表 富士フィルム「写ルンです」

レンズ構成1群1枚
最小絞りF11
シャッタースピード1/100秒
最短撮影距離1m~無限 固定焦点
発売日1987年

関係する「写ルンです」シリーズ記事は以下をご参照ください。

  1. 基礎編
  2. 構造編
  3. 光学編(本記事)
  4. 実写編

他の製品分析記事をお探しの方は以下の目次ページをご参照ください。

 関連記事:レンズ分析目次

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