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【深層解説】コシナ 極大口径標準レンズ COSINA NOKTON 50mm F1.0 Aspherical -分析137

この記事では、コシナの専用の交換レンズである超大口径標準レンズ 50mm F1.0の設計性能を徹底分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

レンズの概要

COSINAは、日本の長野県に本拠地を置く1959年創業の老舗レンズメーカーです。

カメラファンの中でも、COSINAについては「少し敷居が高く手を出しにくい」と思う方も多いのではないでしょうか?

COSINAは、かつては安価なカメラのOEM製造を得意とするメーカーでしたが、現代では硬派なマニュアルフォーカスのLeica互換レンズの開発や、ドイツの名門光学メーカーZeissレンズの共同開発と製造の受託が有名になりました。

そのためか、なんと言うか入ったことのない「老舗の高級料亭」のような佇まいに、敷居の高さを感じてしまうのかもしれませんね。

まずは、現代のCOSINAの製品ラインアップを簡単にご紹介しましょう。

Voigtlanderシリーズ

Voigtlander(フォクトレンダー)は、カメラの誕生期よりさらに前の1756年にオーストラリアで創業した光学メーカーでしたが、1970年代には操業を停止してしまいました。

1999年、Voigtlanderの設計思想とブランド性をCOSINAが引き継ぎ、往年の銘レンズを現代風にアレンジした製品を開発し生産しています。

COSINAのVoigtlanderシリーズは多くのカメラシステム向けに開発されています。

例えば、名門のライカMマウント用のVMマウント向け、最新のミラーレス一眼用であるSONY Eマウント向け、小型軽量なマイクロフォーサーズ向け、さらに外部メーカーがレンズを発売していなかったNIKON Zマウント用も発売を開始しました。

いずれのレンズも、味のあるしっくりとした操作感に定評のあるマニュアルフォーカスです。

ZEISSシリーズ

ドイツの名門光学メーカーであるZEISSのカメラ用レンズもCOSINAが共同開発あるいは受託製造を行っているようです。

ZEISSレンズも複数の製品ラインが存在し、一切の妥協を排除した最高級Otus、品位とサイズをバランスさせたMilvus、かつてのCONTAXカメラ用の銘レンズを現代にも継承したClassicとZM、実に多数の製品が生産されています。

今回、分析するレンズ NOKTON

今回分析するCOSINA NOKTON 50mm F1.0 Asphericalについて、その名前の由来を確認してみましょう。

まず、NOKTは「夜」を意味する言葉が由来であり、Voigtlanderのレンズの中でもFnoが1.5クラスの明るいレンズに付けられた名前です。

似たような「NOKT」に由来する名レンズは他のメーカーからも発売されていますが、なぜ「夜」に由来する名前なのでしょうか?少し説明します。

カメラの創成期にはフィルムという記録メディアで写真を撮影していましたが、現在で言うISO感度が100ほどが普通でしたから、屋内で撮影することも少し難しく、明るいFnoレンズにより「夜の月明りでも撮影できる」とアピールする狙いがあったのです。

また、Fnoが明るい(小さい)レンズは早いシャッター速度で撮影できますから「ハイスピードレンズ」とも呼ばれていました。

通常、Fnoが明るいほど収差が多く発生し解像性能は低下してしまいますが、解像度よりも早いシャッター速度で撮影できることの方が優先度が高かったわけです。

その後、フィルム時代も末期となると高感度化が進みISO400程度が一般化し、ストロボの小型化や内臓化もあって、明るいレンズの需要が少し低下します。

なお、最初のNOKTONは、1951年のNOKTON 50mm F1.5から始まりました。

同じNOKTON 50mm F1.5の名称でもレンズ構成の異なる物がいくつかあり、そのひとつとされる特許情報から再現しました。

こちらが1950年代のオリジナルのNOKTONのひとつとされるUS2646721から再現したレンズの光路図です。

再現データを確認してみると、かつてのオリジナルNOKTONは、ダブルガウス型で被写体側へ凹レンズを1枚追加した変形型だったようです。

ここで、今回分析するCOSINA製のNOKTONは、FnoはF1.5どころではなく、F1.0と極大口径化を図っています。

F1.0もの極大口径ともなれば、甚大な量の収差が発生します。

この収差の増大に対して、製品名称に対処法が記載されています。

その対策とは、Aspherical「非球面レンズ」で、これを搭載することで収差を抑制しているようです。

非球面レンズは、1966年にLEICA NOCTILUX 50mm F1.2に初めて採用され、長らく一部の特殊レンズにのみ搭載された高価な部品でしたが1990年代にもなるとだいぶ採用する製品が増えました。

さて、この伝統的な銘レンズをCOSINAはどう現代的にリメイクしたのでしょうか。

文献調査

このレンズは、各社のマウントに合わせた製品が用意されていますが、先行して発売されたLEICA用とその他のマウント用は発売時期がだいぶ異なります。

LEICA用VM版は2022年1月26日、SONY用Eマウント版は2024年3月19日、NIKON用Zマウント版は2023年2月23日、の発売です。

最も早いレンズの発売日あたりを参考に調査しますと特開2023-063766が該当する特許文献であると推測されます。

この文献から形状が似ている実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

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設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

上図がCOSINA NOKTON 50mm F1.0 Asphericalの光路図になります。

レンズの構成は7群9枚、ダブルガウス型の構成に像側へ3枚のレンズを追加した構成です。

さらに、当ブログが独自開発し無料配布しておりますレンズ図描画アプリ「drawLens」を使い、構造をさらにわかりやすく描画してみましょう。

緑で示す第1レンズは、COSINAではGAと称する研削非球面レンズです。

説明は見つかりませんでしたが、Grinding Asphericalの略ではないかと思います。

研削非球面とは加工方法の違いを指しており、研削方式は非球面の形を削り出して加工する方法で、加工が難しく高価なため現在では採用するメーカーが少ないとても希少な方式です。

撮像素子側の赤で示すAsphericalは、非球面レンズですが特別な説明が無いためグラスモールディング加工と推測されます。

グラスモールディングは、超高温の非球面形状の型で超高圧をかけてレンズを潰し製造する手法で、量産性に優れますが加工できる材料や形状が限れるなどの設計的な制限が多くあります。

近いFno仕様で、非球面の採用も無く構成がシンプルな例としては、過去に分析したOLYMPUS Zuiko 50mm F1.2を参考にしてください。

縦収差

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である基準光源のd線(黄色)の球面収差から見てみましょう、特に大口径の研削非球面レンズの効果で鋭い直線状で素晴らしく補正されています。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、最近の超高性能レンズを見慣れていると若干補正残りにも見えますが、Fnoの明るい仕様ほど軸上色収差の発生が甚大となりますから十分健闘していると言えるレベルでしょう。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、サジタル方向(実線)は適切に補正されていますが、タンジェンシャル方向(破線)は複雑怪奇に曲がっています。MTFで詳細を見ないとなんとも言えませんね。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、ダブルガウス型を基本としているので対称型配置の利点を生かし、とても小さくまとめています。

倍率色収差

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差も対称型の利点で素晴らしく補正していますね。これは実に美しい。

横収差

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

左列タンジェンシャル方向は、Fnoを鑑みればコマ収差(非対称)も少なく、画面周辺の像高18mmを越えるとハロ(傾き)が強く、MTFの山の位置ズレへの影響が強そうです。

右列サジタル方向は、意外にも画面周辺の像高18mmまではサジタルコマフレアが少なく、ある意味で優秀過ぎる気配もしますね。

スポットダイアグラム

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

やはり意外なほどにスポットは小さめになっています。

軸上色収差の残りで、C線(赤)とg線(青)の中心のスポットが大きめですが、画面の周辺ではむしろ不気味なほど小さい。

通常、大口径レンズではサジタルコマフレアが甚大となり、スポットの形が羽を広げた鳥のような形になりますが、水平方向へ少し広がりがありますが画面隅の最周辺部だけの影響ですから、実用上はわずかと言えるでしょう。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

さすがに実売されている製品がほとんどないF1.0の極大口径レンズには厳しい評価ですね。

MTF

開放絞りF1.0

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

開放絞りでのMTF特性図で画面中心部の性能を示す青線のグラフを見ると、少々低めながらもしっかりした山を残しており、画面中間や周辺の性能を示す他の山も中心とさほど変わらない高さなので画面全域でバランスは良さそうです。

例えば、Fnoは少し暗い仕様ですがもっとレンズ構成枚数の少ないAi NIKKOR 50mm F1.2などを見ていただけると、全域のバランス的にはCOSINA 50mm F1.0がだいぶ健闘しているのがわかりやすいでしょうか。

小絞りF2.0

FnoをF2まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

開放Fnoが1.0ですから、2段絞り込んだF2.0にすると一般的な一眼レフカメラの50mm F1.8を上回るレベルでしょうか。

小絞りF4.0

F4ともなれば、画面の最周辺部を除けば十分に高性能と言えそうです。

総評

こんな小さなレンズでF1.0の仕様ともなれば、甚大な収差量で実用性に疑問があるのではないか?

恥ずかしながら、データを分析するまでそんな風に予想していたのです。

しかし、データを見てみれば、とても希少な研削非球面レンズを大口径な第1レンズに配置した妥協の感じられない設計で、開放から実用性も十分な解像度がありました。

実態は、古き良き時代のレンズのコピーなどではなく、十分に現代的に洗練された現代の銘品とも言えるレンズであることがわかりました。

憶測で軽んじていたことを、深く反省しお詫び申し上げたい所存です。

 

以上でこのレンズの分析を終わりますが、今回の分析結果が妥当であったのか?ご自身の手で実際に撮影し検証されてはいかがでしょうか?

それでは最後に、あなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁


当ブログで人気の「プロが教えるレンズクリーニング法」はこちらの記事です。

製品仕様表

製品仕様一覧表 COSINA NOKTON 50mm F1.0 Aspherical

画角47.9度
レンズ構成7群9枚
最小絞りF16
最短撮影距離0.45m
フィルタ径62mm
全長66.6mm
最大径79.3mm
重量598g(Zマウント版)
発売日2023年2月23日

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