ニコン ニッコール Z 24-70mm F2.8Sの性能分析・レビュー記事です。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
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レンズの概要
当記事で紹介するNikkor 24-70mm F2.8E VRは、FnoがF2.8の大口径標準ズームの5代目として発売されたレンズです。
NIKONのF2.8標準ズームレンズについて、前回の記事では先代にあたる4代目の24-70mm F2.8E VRをご紹介しました。
関連記事:AF-S Nikkor 24-70mm F2.8E VR
まずは、NIKONにおけるF2.8標準ズームレンズの系譜を確認してみましょう。
- AiAF Zoom-Nikkor 35-70mm F2.8S(1987)
- AiAF Zoom-Nikkor 28-70mm F2.8D(1999)
- AF-S Nikkor 24-70mm F2.8G ED(2007)
- AF-S Nikkor 24-70mm F2.8E ED VR(2015)
- Nikkor Z 24-70mm F2.8S(2019)★当記事
※光学系を流用している製品は除きます。
今回紹介する5代目F2.8標準は、先代と同じく焦点距離域は24-70mmですが、ミラーレス一眼レフカメラシステムである「Zマウント専用」として開発されました。
NIKONのミラーレス一眼レフカメラは、旧来からのFマウントレンズをアダプタを介して装着し使用することが可能です。
しかし、新たなミラーレス専用のZマウントレンズはZシリーズカメラ専用となるため、旧来のNIKON Fマウントカメラには装着できませんのでご注意ください。
これまでのNIKONは、伝統のFマウントを長く維持してきた代償として、構造や組み合わせが複雑となり、他社に比較すると光学性能的に不利な小径マウントと言わざる得ない状況でした。
その厳しい状況から、ミラーレス化と同時に大径のZマウントへ移行したことで「自由度の高い光学設計が可能となった」と言われています。
では、その自由度を存分に生かしたと思われるZ 24-70mm F2.8Sを詳細に分析してみましょう。
私的回顧録
『Fマウントの苦難』
冒頭の説明でも少し説明しましたが、NIKONのFマウントの苦難について少々振り返りましょう。
まずは、Fマウント歴史を極簡単に説明します。
Fマウントを初採用したカメラであるNIKON Fが発売されたのは1959年ですから執筆現在(2021年)から約60年以上前に生まれた仕様です。
当時のカメラとレンズは、機械的な連携のみで成立していました。なにせ「素のNIKON F」は、電池がまったく不要ですから…
その後、70年代には露出制御の自動化対応、80年代にはオートフォーカス化などの難局がありながら、様々な機能を取り込みながらFマウントの形状を維持することに成功しました。
細かく見ますとカメラとレンズの組み合わせによっては動作には難があったりもしますが、約60年に渡り互換性を維持しながら業界の最前線で運用してきたことは称賛されるべき努力ではないでしょうか?
しかしながら、どうしても無視できないのは、マウントの「径」と「フランジバック」の問題です。
マウント径とは、レンズ取り付け部の穴の径です。
フランジバックとは、レンズ取り付け面から撮像素子までの距離になります。
ここで、Fマウントの仕様と、世界初のオートフォーカス対応のカメラシステムを立ち上げたMINOLTAのAマウント(現ソニーAマウント)と比較しましょう。
NIKON Fマウントの径は「44mm」、フランジバックは「46.5mm」です。
MINOLTA Aマウントの径は「50mm」、フランジバックは「44.5mm」です。
Aマウントはオートフォーカスなどのカメラシステムの電化を見越し、大型なマウント仕様を採用しました。
Aマウントに比較すると、Fマウントは一回りも径が小さいだけでなく、2mmほどですがフランジバックも長く、両方とも不利なのです。
また、マウントの径は少しわかりやすい例を出しますと、APS-Cサイズ撮像素子であるFujiFilme Xマウントの径「43.5mm」ですから、NIKON Fマウントの径はフルサイズ用でありながら現代のAPS-Cサイズカメラほどのマウント径なのです。
過去の記事でも、フランジバックが長いとレンズ設計が苦しい状況になることはご紹介しておりますが、Fマウントの仕様がいかに厳しいかほんの少しご理解いただけたでしょうか?
関連記事:SONY FE 35mm F1.4GMの記事中にも関連した説明があります。
そして、NIKONはミラーレス化への移行と供に新マウントであるZを立ち上げました。
このZマウントは、業界でも最大サイズの径、最小クラスのフランジバックの仕様となりました。
Zマウントの径は「55mm」、フランジバックは「16mm」です。
これまでの小径マウントのストレスから解き放たれたNIKONの開発陣は、少々暴れ過ぎた仕様のNIKKOR Z 58mm F0.95を開発したり、超広角ズームNIKKOR Z 14-24mm F2.8を小型化したり、まさにストレス発散とも言うべきな好き放題をやっているようにも見えますね。
さて、Zの王道標準ズームではどのような暴れぶりを見せていただけるのか、早速ですが分析してみましょう。
文献調査
調査の結果、国際公開の形で出願されている資料を発見しました。このWO2020-136743からHPの構成図と特徴の一致する実施例1を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。
関連記事:特許の原文を参照する方法
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がNIKKOR Nikkor Z 24-70mm F2.8Sの光路図になります。
本レンズは、ズームレンズのため各種特性を広角端と望遠端で左右に並べ表記しております。
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態です。
英語では広角レンズを「Wide angle lens」と表記するため、当ブログの図ではズームの広角端をWide(ワイド)と表記しています。
一方の望遠レンズは「Telephoto lens」と表記するため、ズームの望遠端をTele(テレ)と表記します。
レンズの構成は15群17枚、第4/第8/第14/第16レンズは像面湾曲や球面収差に効果的な非球面レンズを採用し、色収差の補正に好適なEDガラスも 第9/第11レンズの2枚へ採用しているようです。
先代となる4代目標準ズームの24-70mm F2.8E VRは手振れ補正機能を搭載しておりましたが、ミラーレス一眼となるZシリーズはカメラ内の撮像素子を動かし手振れを抑制する「イメージセンサーシフト方式5軸補正」のおかげでレンズ側の手振れ補正機構は不要となり非搭載となりました。
続いてズーム構成については以下になります。
上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。
ズーム構成を確認しますと、レンズは全体として7ユニット(UNIT)構成となっています。
第1ユニットは、広角端から望遠端へズームさせると被写体側へ飛び出す方式です。
第1ユニット全体として凸(正)の焦点距離(集光レンズ)の構成となっていますが、これを凸(正)群先行型と表現します。
この凸(正)群先行型は、一眼レフでは高倍率ズームや望遠ズームレンズに多い構成です。
本レンズは、標準ズームですが凸(正)群先行を採用した理由はミラーレス化によるものと推測されます。
初代から先代である4代目までの全べてのF2.8標準ズームは、第1ユニットは凹(負)の焦点距離のタイプであり、ズームさせると引っ込むように移動します。
第1ユニットが凹(負)ですと、全長が長くバックフォーカスを長く取りやすいためミラー有の一眼レフには向いていました。
しかし、カメラのミラーレス化によりバックフォーカスを気にする必要がなくなり、むしろ小型化しやすい凸(正)群先行タイプとなったものと思われます。
第2から第7ユニットも、広角端から望遠端へのズームのさい各々が被写体側へ移動しています。
第5、第6ユニットは、フォーカス(ピント合わせ)でも移動するレンズで、なんと2つのユニットが独立制御されているようです。
フォーカスの際にいくつかのレンズを独立して移動させる方式を一般にはフローティングフォーカスとよびますが、NIKONではマルチフォーカス方式と言います。
このマルチフォーカスを採用する目的は、近距離撮影から遠距離撮影まで性能を均質に高くすることが目的です。
これまで一般的に標準ズームレンズにマルチフォーカスは採用されませんでした。
採用できない理由は、フォーカス時に複数レンズを動かすには構造が複雑すぎて、製品が大型化してしまうためだったのでしょう。
しかし、ミラーレス化により小型化に優位な凸(正)群先行型のズームが採用できたことで、マルチフォーカスを搭載できたものと推察されます。
このように、ズームの構成が凸(正)群先行型になっただけでなく、移動ユニットの構成やマルチフォーカス化など、ミラーレス化の新時代の標準ズームとしてふさわしいだけの大きな進化を遂げていることが見た目だけでも伝わります。
縦収差
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態
球面収差 軸上色収差
球面収差から見てみましょう、広角端については先代と同じく綺麗に補正されています。先代までは望遠端の球面収差がマイナス側に少し倒れ味のある雰囲気でしたが、本レンズZ 24-70mmでは「ほぼゼロ」と言える究極レベルに補正されています。
軸上色収差は、広角端も望遠端も信じ難いレベルで補正されています。現代的な単焦点レンズにもまったく劣らないレベルの小さな収差量にまとまっています。
像面湾曲
像面湾曲は、球面収差が劇的に補正されていることに合わせて大きく改善している様子が伺えます。
歪曲収差
歪曲収差は、広角端では-5%程度、望遠端では+5%程度となっており、低価格のズームレンズほどの収差残りになっており、先代から見ると数値的にはむしろ悪化しています。
歪曲収差は、カメラ内のデジタル処理で補正することが可能なため、ある程度はカメラへまかせて許容し、他の収差を優先して補正したり、もしくは小型化を優先したのでしょう。
倍率色収差
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態
倍率色収差もカメラ側のデジタル処理で補正できるのですが、先代と同じ程度には補正しています。
デジタル処理で「色のにじみ」は軽減できますが、倍率色収差の影響で劣化してしまった解像度(MTF)は戻すことはできませんから、高解像を得るにはそれなりには補正されていることが必要です。
横収差
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態
横収差として見てみましょう。
広角端も望遠端もタンジェンシャル方向のコマ収差はほとんどなくなり、直線的な特性です。
新発売
スポットダイアグラム
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。
先代の24-70mm F2.8E VRもスポットのまとまりに驚きましたが、さらに一層小さくまとめられているようです。
スポットスケール±0.1(詳細)
こちらの図は、さらにスケールを拡大し詳細に性能を確認できるようにしております。
MTF
左図(青字Wide)は広角端で焦点距離24mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離70mmの状態
開放絞りF2.8
最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
広角端では先代よりも山の位置の一致度が良くなり、画面隅々まで解像度が向上していることが伺えます。
望遠端では若干低かった中心側の山の高さが一段上がり、広角端とも引けを取らない解像度を実現しているようです。
小絞りF4.0
こちらはF4に絞った状態の図ですが、ほぼ理想状態になっているようですね。
総評
ミラーレス化によりズーム構成も大きく変化し、マルチフォーカスの搭載により徹底的な収差補正が行われたZ 24-70mm F2.8はすでに一昔前の単焦点を大きく超えた存在となっています。
今にして思えば、先に分析したNIKONのZシリーズ単焦点レンズであるZ 50mm F1.8やZ 35mm F1.8も想像を絶する高性能でした。
その背景には、このZ24-70F2.8のような高性能ズームを準備してあったため、単焦点レンズも徹底した高性能化を達成せねば存在価値を失ってしまうと言う危惧から計画的に設定されたものだったのでしょう。
全てが計画的で、深い思慮の元に構成されているZレンズシリーズから今後も目が離せませんね。
関連記事:Nikkor Z 50mm F1.8 , Nikkor Z 35mm F1.8
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
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製品仕様表
製品仕様一覧表 NIKKOR Nikkor Z 24-70mm F2.8S
画角 | 84-34.2度 |
レンズ構成 | 15群17枚 |
最小絞り | F22 |
最短撮影距離 | 0.38m |
フィルタ径 | 82mm |
全長 | 126mm |
最大径 | 89mm |
重量 | 805g |
発売日 | 2019年4月19日 |