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【深層解説】 シグマ大口径中望遠レンズ SIGMA Art 85mm F1.4 DG DN -分析056

この記事では、シグマのミラーレス一眼カメラ専用の交換レンズである大口径中望遠レンズ 85mm F1.4 DG DNの歴史と供に設計性能を徹底分析します。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

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レンズの概要

SIGMA 85mm F1.4 DG DNは、高性能で有名なArtシリーズの中でもフルサイズミラーレス専用として開発された大口径中望遠単焦点レンズです。

まずは、一般常識であると思いますが、SIGMAの製品名称の定義についておさらいしてみましょう。

SIGMAのレンズは、基本シリーズとして3つに分かれています。

  • Art (高性能)
  • Contemporary (バランス型)
  • Sports (高機動)

(カッコ)内の説明については、公式HPに記載された説明を一言で意訳しました。

そして、名称の末尾の記号(例:85mm F1.4 "DG DN")などについては以下になります。

  • DG (フルサイズ用)
  • DC (APS/フォーサーズ用)
  • HSM (超音波モーター)
  • DN (ミラーレス専用)

当記事で紹介する製品は、Artシリーズ 85mm F1.4 ”DG DN”ですから、「フルサイズ」&「ミラーレス専用」となります。

旧来までのミラー有一眼レフ用として設計された製品なら、マウントアダプタを利用して各社ミラーレス一眼へレンズを流用できましたが、「この製品はミラーレス専用」となりますので注意が必要です。

また、これまでのSIGMAは、各社のレンズマウントに合わせた製品を販売していますが、執筆現在(2021年)におけるDNシリーズはソニーEマウントと、SIGMAやPANASONICやLEICAの共同運営するLマウントにのみに対応しています。

さて、Artシリーズの85mm F1.4仕様のレンズは、2016年に発売されたミラー有一眼レフ用の初代のレンズがあり、当記事で紹介するミラーレス用のレンズは二代目となります。

混同を避けるため下表に整理しておきました。

  1. 初代:85mm F1.4 DG HSM (2016) ミラー有一眼レフ用
  2. 二代目:85mm F1.4 DG DN (2020) ミラーレス一眼用

過去には、初代85mm を分析しておりますので以下のリンク先からご参照いただきたいと思います。

関連記事:SIGMA Art 85mm F1.4 DG HSM (初代)

私的回顧録

今回、このSIGMAのレンズ分析を急いだのには理由があります。

初代Art85mmは2016年の発売、当記事の二代目Art85mmは2020に発売と、わずか4年でのリニューアルとなりました。

通常、カメラ用レンズの新製品発売サイクルは比較的短いものでも10年、長い物では30年ほどかかる物も普通にあります。

このSIGMA Art85mmは、ミラーレスカメラ用とは言え、わずか4年でリニューアルするのですから「禁忌級の発見をしたのではないか?」と勘繰りまして、早速の分析が急務であると判断したわけです。

また、一般的に考えれば広角レンズほどミレーレスカメラによる小型化や高性能化の恩恵を受けやすく、85mmのような中望遠レンズではどれほど効果があるのか疑問です。

しかし、リニューアルするほどの多大な効果があるとは考えづらい中望遠レンズのリニューアルを急いだのですから、間違いなく劇的進化を遂げたに違いないのでしょう。

過去には、ミラーレス化で広角ズームレンズが劇的に進化したニコンの事例をご紹介しました。

関連記事:新旧比較 NIKKOR 14-24mm

こちらの記事あたりを参考にしつつ、早速ですが二代目Art 85mm F1.4を分析してみましょう。

文献調査

今回は定期調査時に新規文献として登録されている特開2021-85935が二代目85mm F1.4と察知しました。形状が公式サイトの構成図と良く似る実施例7を製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

 関連記事:特許の原文を参照する方法

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

上図がSIGMA 85mm F1.4 DG DNの光路図になります。

レンズの構成は11群15枚、最も撮像素子側のレンズに像面湾曲と球面収差の補正に効果的な非球面レンズを1枚、色収差の補正に効果的な特殊低分散材料(SLDガラス)を5枚(第2,3,4,6,9レンズ)も導入しています。

全体の配置を眺めますと、初代85mm F1.4レンズはガウスレンズが二つ連なったような構成でしたが、当記事の二代目85mmでは構成枚数の増えた1つのガウスレンズ的な構成となり、対称型配置の構成に近づいたように見えます。

中望遠レンズと言えど、ミラーレス化で空いた撮像素子側スペースを有効活用すると、収差補正の容易な対称型配置に近づき、小型化や高性能化を実現しやすいと言うことなのでしょう。

縦収差

球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう。

オーソドックスな大口径レンズのようにマイナス側にふくらみを持つフルコレクション型とは逆向きの特性となっています。

球面収差は、収差の基本であり描写全体の味を左右するものです。この逆フルコレクション型の球面収差形状はSIGMAのArtレンズには多いタイプでり、収差の極小化だけを目指すのではなく、SIGMA風の味として形状を統一しているのでしょう。

関連記事:SIGMA Art 85mm F1.4 DG HSM (初代)

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差も文句の付けようの無いレベルです。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、球面収差に合わせて「およそゼロ」と言い切れるレベルとなっています。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、大きくプラス側へ倒れた特性となっています。

このようなグラフ形状の場合、一般に「糸巻き形状」と呼ばれ、写真の状態としては周辺が引き延ばされたように見える形状となります。

この歪曲収差の形について、以下にシミュレーションで分かりやすく再現してみました。

このグラフは、カレンダーとか石垣のようなマス目状(碁盤目状)の被写体を撮影した状態を再現しています。

黒線は被写体(理想的な状態)で、赤線はレンズで撮影された写真の状態です。

歪曲収差によって周辺部が引き延ばされた「糸巻き形状」がおわかりいただけたでしょうか?これが糸巻き型と言われる収差形状です。

ここまで大きなプラス側の歪曲収差は、過去の分析でも例が無い大きな量となっています。

ですがSIGMAは、二代目85mmの製品発表動画にて、この歪曲収差の件を説明していました。

歪曲収差をあえて残すことで、小型化と高解像化を実現したと説明しています。

歪曲収差は、画像処理による補正が簡単な収差のため、カメラや現像処理ソフトへ補正を任せたという事です。

倍率色収差

その一方で、画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、極小に補正されています。

光の色ごとの歪曲収差のズレが、倍率色収差となりますので、歪曲と同じく若干大きめに残したのかと予想しておりましたが、劇的に小さくまとめています。

横収差

左タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

85mm F1.4の仕様を考えれば驚異的に小さくまとまっています。

新発売

スポットダイアグラム

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

スポットダイアグラムは標準スケール(±0.3mm)では中心から画面隅までほぼ点ですね。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

詳細スケール(±0.1mm)に拡大してようやく画面隅でのいびつな形状が確認できますが、スポット自体の絶対値は隅まで小さくまとまっています。

MTF

開放絞りF1.4

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

MTFは開放Fnoの状態から、どの山が中心性能の線なのか見分けがつかないほどに高い性能にまとめられています。

初代Art 85mmの性能を見た際、これを超える性能のレンズは当面は発売されないだろうと予想したのですが、大変残念ながら「たった4年で更新されてしまいました」とお伝えせねばなりません。

小絞りF4.0

FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

Fno4.0まで絞れば「もはや無収差である」と表現する以外に言葉が見つからないレベルです。

総評

中望遠レンズにはミラーレス化の効果は期待できないのかと思っていたのですが、より対称型配置に近づけることでさらなる高解像化と小型化を同時に実現したようです。

本レンズは、デジタルカメラ専用光学系でもあるため、フィルムへの対応は割り切りが可能となりました。

その利点を活用し、歪曲収差をプラス側に残すことで小型化効果をより加速させる方向で製品をまとめたようです。

今後のSIGMA Artシリーズの方向性を示す一本となっています。

実際に性能を見てみますと、流石はSIGMAがわずか4年でリニューアルするにふさわしい超高性能に進化している結果でした。

さて、初代レンズとの比較については改めて後日、比較検証記事を作成する予定です。

他の類似仕様のレンズ分析記事はこちらです。

 関連記事:SIGMA Art 35mm F1.4 DG HSM
 関連記事:SONY FE 85mm F1.4 GM
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 関連記事:HD PENTAX-D FA★85mmF1.4

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

このレンズに最適なカメラをご紹介します。

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製品仕様表

製品仕様一覧表 SIGMA 85mm F1.4 DG DN

画角28.6度
レンズ構成11群15枚
最小絞りF16
最短撮影距離0.85m
フィルタ径77mm
全長94.1mm(Lmount)
最大径82.8mm(Lmount)
重量630g
発売日2020年8月27日

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

以下の分析リストでは、記事索引が簡単です。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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