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【深層解説】 ニコン超望遠ズーム NIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR S -分析117

ニコンのミラーレス一眼カメラZマウントシステムより、超望遠ズームNIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR Sの性能分析・レビュー記事です。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

作例写真は準備中です。

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レンズの概要

NIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR Sは、NIKONのミラーレス一眼Zマウントシステムの超望遠ズームレンズです。

まずは、NIKONにおける望遠端(長焦点距離側)が300mmを越える望遠ズームの系譜を確認してみましょう。

下のリストは、Fマウント創成期からZマウント100-400mm F4.5-5.6に至るまでの代表的な望遠ズームレンズです。

  • Zoom NIKKOR Auto 50-300mm F4.5 (1967)13群20枚
  • Zoom NIKKOR Auto 200-600mm F9.5 (1971)12群19枚
  • Ai Zoom NIKKOR ED 50-300mm F4.5S (1977)11群15枚(前回の記事)
  • Ai Zoom NIKKOR ED 200-400mm F4S (1984)10群15枚
  • Ai AF Zoom NIKKOR 75-300mm F4.5-5.6S (1989)11群13枚
  • Ai AF VR Zoom NIKKOR ED 80-400mm F4.5-5.6D(2000) 11群17枚
  • AF-S NIKKOR 80-400mm F4.5-5.6G ED VR (2013)12群20枚
  • NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR S(2022)20群25枚当記事

NIKONがフルサイズミラーレス一眼カメラを発売したのが2018年からですが、発売当初は広角系のレンズや標準系のレンズが多く、当レンズが発売されたのは2022年になってからのことです。

ミラーレス一眼は構造の特性上、広角レンズほどそのメリットを享受しやすく、その広角レンズに優位な効果を前面に押し出す戦略だったのではないでしょうか。

その後、一眼レフカメラからミラーレス一眼への流れが決定的となってきた2022年、プロ御用達であるこの定番超望遠ズームが発売に至りました。

ところで、話は少し変わりますが、一眼レフカメラは、望遠レンズを快適に使うために発展してきた、そんな側面があります。

まず、ペンタプリズムやクイックリターンミラーにて正確なフレーミングとピント確認を実現し、オートフォーカスでは高速なピント合わせ、さらに手振れ補正のような革新的技術の搭載など、その多くの技術が望遠レンズで多大な効力を発揮します。

さらに、初期のミラーレス一眼はファインダー像の表示遅れなどの課題から望遠レンズには向かないなどと言われましたが、技術の向上でほとんど気にならないレベルに改善し、撮影後の仕上がりの確認の容易さなどメリットの方が多くなってきました。

その一方、光学性能はどのような革新が起こったのでしょうか?

約50年に渡るNIKON Fマウント開発の歴史の経て、さらに進化を遂げたZマウントの待望の超望遠ズームを紐解けば、NIKONの目指す真意に迫ることができるかもしれません。

これまでは、ここらで「私的回顧録」としてコラムのような物を書いていたのですが、記事が長くなりすぎるので、別々の記事にすることにしました。

文献調査

特許が出願されると公開まではおよそ1年半ほどかかります。

電子出願されるこの時代になぜにそんなにかかるのか不思議ですが…

2018年からNIKONのフルサイズミラーレス一眼が始まり、近年はその特許情報が続々と公開されています。

当ブログの記事執筆状況ではまったく処理しきれません。

そんな状況ですが、当記事のレンズは特開2022-9238の実施例1に酷似していることはわかっておりますので、これを製品化したと仮定し、設計データを以下に再現してみます。

 関連記事:特許の原文を参照する方法

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

上図がNIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR Sの光路図になります。

本レンズは、ズームレンズのため各種特性を広角端と望遠端で左右に並べ表記しております。

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mmの状態、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mmの状態です。

英語では広角レンズを「Wide angle lens」と表記するため、当ブログの図ではズームの広角端をWide(ワイド)と表記しています。

一方の望遠レンズは「Telephoto lens」と表記するため、ズームの望遠端をTele(テレ)と表記します。

さらに、当ブログが独自開発し無料配布しておりますレンズ図描画アプリ「drawLens」を使い、構造をさらにわかりやすく描画してみましょう。

レンズの構成は20群25枚、黄色で示すレンズは望遠レンズにおいて補正が困難な軸上色収差に効果的なED(Extra-Low Dispersion)ガラスで、なんと6枚も採用されています。

さらに、紫色で示す第2、第5レンズにはEDガラスを越え蛍石にも匹敵する超特殊材料SuperEDレンズを採用しています。

このような超特殊材料を大径なレンズに2枚も使うのですから恐ろしく贅沢な事です。

EDガラスは、1971年にNIKONが他社に先駆けて生産を開始し、報道機関専用として限定販売されたNIKKOR‒H 300mm F2.8に初搭載されました。

なお、前回分析した先代レンズとなるFマウントで最高峰の超望遠ズームNIKON AF-S NIKKOR 80-400mm F4.5-5.6Gは、ガラスの総枚数が20枚ですから、当レンズはさらに5枚も増加しています。

構成枚数が25枚に達するレンズは、当ブログで扱ったレンズの中では最高枚数と思われます。

さらに、先代レンズはEDガラスを4枚、SuperEDガラスを1枚の搭載でしたから、当レンズは特殊ガラス数もおよそ2倍増となっています。

続いて、ズーム構成について以下に図示しました。

上図では広角端(Wide)を上段に、望遠端(Tele)を下段に記載し、ズーム時のレンズの移動の様子を破線の矢印で示しています。

ズーム構成を確認しますと、レンズは全7ユニット(UNIT)構成となっています。

第1ユニットは、全体として凸(正)の焦点距離(集光レンズ)の構成となっていますが、このズーム構成を凸(正)群先行型と表現します。

この凸群先行型は、望遠端の焦点距離が70mmを越えるズームレンズで多い構成です。

高倍率ズームや望遠ズームレンズは、ほとんど全て凸群先行型と見て間違いありません。

第1ユニット、第4ユニット、第5ユニット、第6ユニットが望遠端になるについて被写体側へ移動し、第3ユニットは反対に撮像素子側へ移動します。

超望遠ズームはレンズ自体が巨大なため、移動ユニット数は簡素だったりするものですが、5つのユニットが複雑怪奇に移動する現代的なズーム移動構成になっています。

望遠ズームレンズには、第1ユニットが固定の物と飛び出す(移動する)物の2種類があります。

第1ユニットが飛び出すタイプは、広角端の状態にすると全長をとても小さくできるので、高い携帯性を求めるユーザーに人気です。

第1ユニットが固定のタイプは、堅牢性が高く、ホコリや水分の入り込みも少なく、報道機関など荒っぽい現場では好まれるようですね。

しかし、堅牢性や耐久性に定評のあるNIKONです、小型・携帯性とも両立していることでしょうから一般人が心配するような必要は無いでしょう。

望遠端のガラスの並びを見ていると被写体側の7枚のレンズは、同時期に開発されたNIKKOR Z 400mm F2.8 VR Sの配置とだいぶ趣きが似ており、共通の思想で設計されていることがわかります。

1本づつのレンズが妙に個性的なSONYなどと比較すると、思想とかポリシーに重きをおき統一感を持つのがNIKONらしいとも言えますね。

続いて、第4ユニットにはVR機構が搭載されています。

 ※VR:手ブレ補正機構 Vibration振動 Reduction減少

VR機構とは、上のレンズ図での上下方向にレンズユニットが高速で移動し、カメラを持つ手のわずかな振動を打ち消すのです。

一般的にレンズは、少しでも位置がずれると偏心収差が発生し画質が劣化してしまうのですが、現代の高度な光学設計技術は偏心収差をも最適化してしまうのです。

なお、このVR機能は、初代80-400mm F4.5-5.6にNIKONの交換レンズとしては初めて搭載されました。

また、フォーカス時には第5ユニットと第6ユニットが独立して移動することでピントを合わせます。

NIKONではこのような複数ユニットによるフォーカス機構をマルチフォーカスと呼んでおり、昔は単焦点レンズでしか見かけない特殊な機構でしたがミラーレス一眼の時代となりズームレンズでも増えており、例えばNIKKOR Z 24-70mm F2.8Sでも導入されています。

撮像素子側には口径の大きなレンズが配置され、Zマウントの大口径仕様とミレーレスカメラの特性を生かしているようです。

縦収差

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mm。

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

球面収差 軸上色収差

画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差から見てみましょう、基準光線であるd線(黄色)は広角端ではわずかにマイナスにふくらむフルコレクション型です。

望遠ズームらしく、望遠端の補正は秀逸で非常に小さくまとまっていますが、少しプラス側に膨らむ形で、近年のSIGMA Artシリーズなども同様の傾向で超高解像度のレンズに見られるスタイルです。

画面の中心の色にじみを表す軸上色収差は、広角端は近年のズームレンズとしては並み程度ですが、恐ろしいのは望遠端です。

g線(青)とC線(赤)は完全に一致しほとんどゼロです。わずかにF線がずれるものの目立つ色ではありませんので色収差感が劇的に少ないことが予想されます。

大事なことなので、改めて言いますが「望遠端の色収差がゼロの超望遠ズーム」がここに誕生したようです。

像面湾曲

画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、基準光線であるd線(黄色)を見ると広角端も望遠端も同レベルで素直な形状をしています。

歪曲収差

画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、広角端ではほとんどゼロですが、望遠端では少々大き目にプラス側へ倒れるため、格子状の被写体を写すと糸巻き型になります。

歪曲収差は、画像処理により補正することが容易なので、画像処理に任せる方針なのでしょう。

倍率色収差

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mm。

画面全域の色にじみの指標の倍率色収差は、美しく補正された先代のNIKON AF-S NIKKOR 80-400mm F4.5-5.6Gとは変わって、大き目に収差が残っています。

倍率色収差も画像処理による補正が容易であるため、画像処理補正が最も効果的に活用されるような収差に意図的に残しているものと思われます。

横収差

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mm。

タンジェンシャル、右サジタル

画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差として見てみましょう。

画面の隅の像高21mmあたりを除けば、ほとんど直線でもはやコメントが難しいレベルです。

新発売

スポットダイアグラム

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mm。

スポットスケール±0.3(標準)

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。

Fnoが4.0を超えて暗いレンズはピントの合う距離(深度)が深くなるため、ディフォーカス量(グラフ横方向)を±0.4mmと通常設定の4倍としてるのでご注意ください。

標準スケールで見ると画面の中間の像高12mmぐらいまでは完全に点に近い特性です。

望遠端に至っては、画面の隅まで驚くべきサイズに収まっています。

スポットスケール±0.1(詳細)

さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。

拡大スケールで詳細を見ると、倍率色収差の影響で、画面の周辺の像高18mmを越えると色ごとにズレがありますが、画像処理によって打ち消されてしまうので、実写に影響は無いでしょう。

MTF

左図(青字Wide)は広角端で焦点距離100mm、右図(赤字Tele)は望遠端で焦点距離400mm。

開放絞りF4.5-5.6

最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

Fnoが4.0を超えて暗いレンズはピントの合う距離(深度)が深くなるため、ディフォーカス量(グラフ横方向)を±0.4mmと通常設定の4倍としてるのでご注意ください。

開放絞りでのMTF特性図で、広角端の特性から見ると画面の中心(青線)は極めて高く、画面の周辺に向かって山の高さは低減するものの、頂点の位置は一致度が高く好印象です。

望遠端は、中心(青線)から周辺(赤線)まで極高く、位置も重なっており、画面の隅々まで高解像度であることがわかります。

小絞りF8.0

FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。

絞り込むと、広角端は少々残っていた甘さも完全に除去され、きれいに山の形が一致します。

望遠端は、元の開放時の性能が高すぎて、絞っても改善しないパターンですね。

なお、Fnoを小さく絞った時、山の幅が広がるように見えますが、これはピントの合う距離(深度)が深くなることを示します。

総評

ミラーレス一眼は、広角系レンズには優位であるものの、望遠レンズにはメリットが無いのでは?との疑問がありました。

これに対しNIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6は、撮像素子直前にまで大径レンズを配置できる大口径Zマウントを生かした光学系により、Fマウント時代より一層の進化を遂げたことを証明してきました。?

撮像素子の進化が緩やかとなってきた近年、この高性能レンズがあればこの先の半世紀は満足できるのではないでしょうか?

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

こちらのレンズに最適なカメラもご紹介します。

作例・サンプルギャラリー

NIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR Sの作例集は準備中です。

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製品仕様表

製品仕様一覧表 NIKON NIKKOR Z 100-400mm F4.5-5.6 VR S

画角24.2-6.10度
レンズ構成20群25枚
最小絞りF32-40
最短撮影距離0.38m
フィルタ径77mm
全長222mm
最大径98mm
重量1435g
発売日2022年2月4日

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

以下の分析リストでは、記事索引が簡単です。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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