この記事では、シグマの一眼レフカメラ用の交換レンズである大口径中望遠レンズ 135mm F1.8 DG HSMの歴史と供に設計性能を徹底分析します。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
新刊
レンズの概要
各社のマウントに対応した製品を販売する老舗レンズメーカーのひとつSIGMAは、2012年より「怒涛の超高性能Art」「超快速超望遠Sports」「小型万能なContemporary」と、わかりやすい3つのシリーズで製品を分類し構成しています。
その中でもArt(アート)シリーズは、超高性能を前提に金属部品を多用した高剛性、かつ端正なデザインの重厚長大なフラッグシップレンズです。
本項で紹介する135mm F1.8 DG HSM Artは大口径中望遠レンズでありながら極めて高い解像性能を誇るレンズです。
このレンズは、SIGMAが誇るArt単焦点シリーズのなかでも焦点距離が最も長いレンズです。(2024年執筆現在)
現在のところ、Art単焦点シリーズのFnoは基本的にF1.4ですが、このレンズのみF1.8となっています。
同じFnoであっても、焦点距離が長いほどレンズ径(太さ)は大きくなりますから、重量への影響がより甚大となります。
そのため、流石のSIGMAでも135mmF1.4の仕様には無理があるとの判断をしたのでしょう、Fno1.8と少々抑えてきました。
この効果は絶大で105mm F1.4のレンズは重量1.6Kgに三脚座付きに対して、135mm F1.8は重量1.2Kgほどと軽くなっています。
400g軽いとなれば小型な広角レンズぐらいの重量ですから、もう1本レンズを持てる差になりますから重要なポイントですね。
なおこのレンズは、各社マウントに対応した専用モデルがありますが、一眼レフカメラ用のマウントの製品はマウントアダプターを利用することで、ミラーレス一眼カメラにも使用できます。
私としては焦点距離135mmというのは初めて使った望遠レンズの焦点距離で思い入れが深い仕様です。
しかし、近年はかつてほどの人気や地位は忘れらているように思います、
1960年代までのカメラは、Leicaに代表されるようなレンジファインダー式カメラが大勢を占めておりましたが、このレンジファインダー式はファインダーと撮影レンズが別の光学系であるため望遠レンズでの撮影が非常に難しい問題がありました。
そのためレンジファインダーカメラでは、焦点距離135mmが実使用上の最長クラスとなっていました。
その後は、一眼レフカメラの登場により望遠撮影の問題が解決すると、200mm→400mm→600mmへ次々に望遠レンズが発展してゆくことは皆様もご存じのところでしょう。
さらに望遠ズームレンズの高度化により、135mmは一層のシェアを奪われ「さみしい状況」と言える近況でした。
ところが、このSIGMA 135mmに触発されたのか、SONYやNIKONからも135mmの新型が続々と登場を始めており、新時代の到来を感じます。
それでは時代を先駆けた近代的135mmを分析して参りましょう。
文献調査
さて特許文献を調べると現代の製品なので関連すると思われる特許が簡単に見つかりました。
残念ながらHPで公開されている製品図と完全一致する断面図のデータはありません。
しかし、特開2017-173409実施例4が基本的な構成が、ほぼ同一なのでこれを設計値と仮定し、設計データを以下に再現してみます。
なお、製品と特許データの一番の違いは特許では絞り像側の接合レンズを三枚貼り合わせとしていますが、製品は2枚接合と単玉に分離している点が異なります。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
設計値の推測と分析
性能評価の内容について簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図がSIGMA Art 135 F1.8の光路図です。
レンズの構成は9群13枚、非球面レンズの採用は無いようですが、色収差を良好に補正するための特殊低分散材料も4枚配置しています。
前回分析したSIGMA105mmF1.4に比較すれば構成枚数が少ないので、少々豪華な中望遠といった見た目で強い違和感は無く素直でやさしさを感じます。
縦収差
球面収差 軸上色収差
画面中心の解像度、ボケ味の指標である球面収差は、Fnoを1.8にしているとは言え、SIGMA100mmF1.4と同レベルに美しく補正されているようです。
像面湾曲
画面全域の平坦度の指標の像面湾曲は、最周辺の像高部でわずかにタンジェンシャルとサジタルのズレがありますが画面の隅での話ですから写真としての影響は軽微でしょう。
歪曲収差
画面全域の歪みの指標の歪曲収差は、望遠レンズにありがちなほんのわずかに糸巻き型ですが、絶対値的には写真に影響するレベルではありません。
倍率色収差
画面全域の色にじみの指標の倍率色収差も、かなり理想的な補正が行われています。
F線(水色)とc線(赤)が極小で若干g線(青)がわずかに残っている状態ですが、視感度の低いg線はさほど写りに影響しませんから実写で色収差を感じることは無さそうです。
横収差
画面内の代表ポイントでの光線の収束具合の指標の横収差を見てみましょう。
Fnoを1.8に抑えた影響が大きいようでサジタル・タンジェンシャル方向ともに収差は非常に小さく収まっています。
新発売
スポットダイアグラム
スポットスケール±0.3(標準)
ここからは光学シミュレーション結果となりますが、画面内の代表ポイントでの光線の実際の振る舞いを示すスポットダイアグラムから見てみましょう。
中央の縦列がピントが合っている部分の光の集まり具合なわけですが、ぱっと見、ただの点が並んでいるだけですね。
恐ろしく小さくまとまっています。
スポットスケール±0.1(詳細)
さらにスケールを変更し、拡大表示したスポットダイアグラムです。
拡大表示にしてようやく様子がわかるレベルですが、画面の隅まで小さく均質で初見ではどこが画面中心か間違えそうですね。
MTF
開放絞りF1.8
最後に、画面内の代表ポイントでの解像性能を点数化したMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。
開放Fno1.8の状態では中間像高から湾曲成分があり、山の頂点がわずかにずれています。
ただし、十分に高いレベルでの事なので実写に影響を感じるほどでは無さそうです。
小絞りF4.0
FnoをF4まで絞り込んだ小絞りの状態でのMTFを確認しましょう。一般的には、絞り込むことで収差がカットされ解像度は改善します。
Art 105mmF1.4にも劣らずの高性能ですが、むしろそんな性能を当たり前のように慣れてしまった自分に恐怖感を抱きます。
なにか贅沢な病に感染したのかもしれません。
このレンズは、Artの中ではコンパクトですし、135mmの独特の画角も捨てがたいので購入すべきか悩みは尽きませんね。
総評
SIGMA Art単焦点で最長となるSIGMA Art 135 1.8は、予想を裏切ることなく、極めて高性能なレンズであることがわかりました。
目の冴えるようなMTFの高さ、溜息をつくしかない色収差の少なさ、さらに付け加えるとこのレンズは他のArtレンズと異なり非球面レンズを採用していないため素直で美しいボケ味が期待できます。
すべての要素を満足したこのレンズを試さずにはいられませんね。
以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。
LENS Review 高山仁
マウントアダプターを利用することで最新のミラーレス一眼カメラでも使用できます。
このレンズに最適なカメラをご紹介します。
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製品仕様表
SIGMA Art 135 1.8製品仕様一覧表(Lマウント用)
画角 | 18.2度 |
レンズ構成 | 10群13枚 |
最小絞り | F16 |
最短撮影距離 | 0.875m |
フィルタ径 | 82mm |
全長 | 138.9mm |
最大径 | 91.4mm |
重量 | 1220g |