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【深層解説】ニコン標準マクロレンズ比較 NIKON Micro-Nikkor 55mm F2.8 vs Nikkor 50mm F1.8D -分析068

ニコン マイクロニッコール 55mm F2.8とニコン ニッコール 50mm F1.8Dの比較分析・レビュー記事です。

さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?

当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。

当記事をお読みいただくと、あなたの人生におけるパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。

なお、それぞれのレンズの詳細は各記事をご覧ください。

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新刊

レンズの概要

Micro-Nikkor 55mm F2.8は1981年に発売されたNIKON Fマウント55mm系二代目となるマクロレンズで、2020年ごろまで販売されたロングセラーです。

一方のNikkor 50mm F1.8Dは、元をたどると1978年に発売されたレンズから光学系を流用しており、2013年ごろまで製造され、2010年代後半でもネットショップでは新品で販売されていたようです。

偶然にも同時代に設計され互いにロングセラーとなった2本のレンズを元に、一般のレンズとマクロレンズの違いとはどのようなものか、その比較分析を行うのが当記事の狙いです。

私的回顧録

『フローティングフォーカス』

マクロレンズとは切っても切れないフォーカス方式について少し説明しましょう。

常識的な事ですが、一般的なレンズにはピント(焦点)を合わせるためのフォーカス機構が搭載されています。

古いレンズは、マニュアルフォーカス(MF)と呼ばれ、手でリング状の部品をグルグル回すとレンズが前後に移動しピントが合う、といったものです。

現代のレンズは多くがオートフォーカス(AF)で、内部に搭載されたモーターやギア類によりレンズを前後に移動させ自動でピントを合わせます。

昔のレンズは、レンズ全体を前後に移動させる「全群繰り出し方式」が主流でしたが、この方式は近距離の撮影を行うと収差が増大しすぎて画質が低下するため「フローティング方式」なるフォーカス機構が発案されました。

フローティングフォーカスとは、レンズ内をいくつかの群に分割し、各群をそれぞれ異なる軌跡で移動させるものです。

このフローティング を実現するには複雑な機械加工が必要となりますが、特に難しいのはカム溝と言われるレンズの移動軌跡を鏡筒へ彫り込む加工です。

カム溝の加工は、NC旋盤とかマシニングセンターと言われるコンピューター制御の工作機械が一般化する70年代までは難しい加工でした。

少々古い動画で画質が悪いですが、カム溝加工の様子がわかる動画を発見しましたのでご覧ください。

この溝に沿ってレンズが複雑な軌跡で移動することで、収差を低減させながら近距離撮影の高画質化を実現できるわけです。

では、改めてMicro-Nikkor 55mm F2.8のフローティング構造を確認してみましょう。

このレンズは、絞りの前を第1レンズ群(前群)とし、絞りと後側レンズが第2群(後群)となり、近距離被写体の撮影時に2つの群を同時に被写体側へ繰り出しますが、前群と後群は少し異なる移動軌跡で動きます。

こちらが遠距離撮影(無限距離)から近距離撮影(等倍)の繰り出しの様子になります。

破線で示しているのが前群と後群の移動軌跡のイメージです。

大きく被写体側へ移動する様子に目を奪われますが、絞り前の空間が変化しているので、前群と後群が異なる軌跡で移動することがわかります。

なお、Micro Nikkor 55mm F2.8で等倍撮影をするには接写リングをカメラとレンズの間に挟み込む必要があります。

文献調査

NIKONの技術者が設計当時を振り返る「ニッコール千夜一夜物語」に当記事の2本のレンズがともに記載されておりますので、こちらも合わせてお読みいただけるとより深くレンズを味わうことができるかもしれませんね。

!注意事項!

以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。

設計値の推測と分析

今回、Fnoの異なる2本のレンズを比較いたしますが、目的はあくまでも至近撮影性能に関する違いにありますので、Fnoは暗い方のF2.8へ統一し性能を比較いたします。

「Micro Nikkor 55mm F2.8はそのままF2.8」、「Nikkor 50mm F1.8DはF2.8へ絞った状態」と両方のFnoをそろえた状態で性能で比較を行います。

その他の性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。

 関連記事:光学性能評価光路図を図解

光路図

遠距離

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

遠距離の撮影状態です。星を撮影しているような本当の遠距離(無限遠距離)と見てください。

Nikkor 50mm F1.8Dは比較のため絞りが開放のF1.8→F2.8へ絞っています。段数にすると1+1/3段暗い状態です。

Micro Nikkor 55mm F2.8はそのままの開放FnoのF2.8状態です。

基本的な構成枚数は同じ5群6枚のダブルガウス型の配置ですね。

近距離

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

続いて近距離撮影の状態です。この状態は最短撮影距離で被写体が等倍(1.0倍)になる距離に相当します。

等倍と言うのは被写体と結像の大きさが1対1の同じ大きさに写ることの意味です。

Nikkor 50mm F1.8Dは本来の最短撮影距離は0.45mで撮影倍率は0.15倍で、本体レンズだけではこのように大きくは繰り出せません。接写リングやベローズなどを使って前側へ繰り出した状態と捉えてください。

ちなみにベローズとは以下のような物で、カメラとレンズの間を蛇腹(アコーディオン)で繋ぎ大きく繰り出す装置です。

Micro Nikkor 55mm F2.8は接写リングを使いつつ、本体のフローティング機構も活用しながら繰り出しています。

縦収差

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

左から、球面収差像面湾曲歪曲収差のグラフ

遠距離
近距離

球面収差 軸上色収差

遠距離の球面収差から見てみましょう。

Nikkor 50mm F1.8DはF2.8へ絞った状態の収差図であるため、F1.8の開放の状態に比較すると球面収差は激減しています。開放の特性は個別分析の記事をご覧ください。

 関連記事:NIKON Micro-Nikkor 55mm F2.8

Micro Nikkor 55mm F2.8も、同じ構成のレンズなので同レベルの球面収差量です。

次に近距離の球面収差を見ると、あまり差はありませんが、若干Micro Nikkor 55mmの方が少ないでしょうか。

軸上色収差はどちらも遜色ありませんね。

像面湾曲

像面湾曲は遠距離、近距離ともにMicro Nikkor 55mm F2.8が少なく、特に近距離の衝撃的な少なさを見ると、フローティングフォーカスの驚異的な補正能力をおわかりいただけるかと思います。

ただし、Nikkor 50mmはF1.8の開放Fno時の大きな球面収差とバランスをとるためこの像面湾曲としていますから、理由あっての量とお忘れなきようお願いします。

歪曲収差

歪曲収差は絶対量として少なくどちらも悪くありませんが、Micro Nikkor 55mm F2.8の方が遠/近とも全域で良いようです。

倍率色収差

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

遠距離
近距離

倍率色収差、Nikkor 50mm F1.8Dは近距離ではだいぶ大きくなります。近距離とはいえ許容限界すれすれでしょうか。

Micro Nikkor 55mm F2.8は、遠/近距離でわずかに変動はありますが、グラフの向きが変わるような変動なので絶対値的にはほぼ差が無いレベルで極めて良好に抑えられています。

横収差

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

タンジェンシャル、右サジタル

遠距離

近距離

横収差として見てみましょう。

Nikkor 50mm F1.8Dは、近距離で特にタンジェンシャル方向ではとんでもない量の収差になっています。

Micro Nikkor 55mm F2.8は、近距離でも一見すると変動が無いかと勘違いするほどに収差が補正されています。

新発売

スポットダイアグラム

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

スポットスケール±0.3(標準)

遠距離
近距離

ここからは光学シミュレーション結果となりますが、最初にスポットダイアグラムから見てみましょう。

Nikkor 50mm F1.8Dは、近距離ではスポットが大きすぎていつものスケールでは収まり切れませんね。

Micro Nikkor 55mm F2.8は、近距離では中心部分は少しスポットが大きくなりますが、画面隅の像高21.6mmあたりではむしろバランスがいいのかもと錯覚するようなきれいな円形になっています。

よく、マクロレンズは描写が硬すぎるとも言われますが、近距離撮影での背景ボケが柔らかくなるような配慮をしているのかもしれません。もし、そこまで狙ってやっているとすると、NIKONのボケへのこだわりは偏執的と言って差し支えない誉め言葉になりますね。

スポットスケール±0.1(詳細)

遠距離
近距離

MTF

左側はNikkor 50mm F1.8DをF2.8へ絞った図、右側はMicro Nikkor 55mm F2.8

開放絞りF2.8

遠距離

最後にMTFによるシミュレーションの結果を確認してみましょう。

遠距離の画面中心部ではNikkor 50mm、Micro Nikkor 55mmとも大きな差はありませんが、Micro Nikkor 55mmの像面湾曲の補正がより補正されているため画面周辺部での山の一致度は高いようです。

近距離

近距離の画面中心部もNikkor 50mm、Micro Nikkor 55mmとも大きな差はありません。

一方で、画面周辺部ではNikkor 50mmはほとんど山がありません、Micro Nikkor 55mmも変動はそれなりに大きいもののフローティングフォーカスの効果で画面周辺部の像高18mm程度まではそれなりに解像するレベルの高さを残しています。

小絞りF4.0

遠距離

近距離

F4.0まで絞り込むとNikkor 50mmの改善が目に付きますが、Micro Nikkor 55mmの優勢差は覆らないようです。

総評

今回、マクロレンズの比較であったため通常よりグラフ類が多く少々見づらい記事であったかもしれません。

性能を簡単にまとめ直しますと、Nikkor 50mm F1.8Dを絞りF2.8状態との比較すると
遠距離ではMicro Nikkor 55mmが優勢」「近距離では Micro Nikkor 55mmが圧勝
となります。

「マクロレンズは近距離性能を重視し設計されており、遠距離性能は一般レンズに劣る」と聞いたことのある方がいるかもしれませんが、それはフローティングフォーカス導入以前の話です。

フローティングフォーカスが導入された現代においては迷信と思っていただいて差し支えありません。

 ※オールドレンズはのぞく

Micro Nikkor 55mm F2.8がロングセラー製品として永きに渡り愛された理由は、手軽なマクロ撮影を実現しつつ高性能でお求めやすい価格にあったことが良くわかりましたね。

しかしながら、NIKONユーザーの鋭い審美眼も恐れ入ります。

以上でこのレンズの分析を終わりますが、最後にあなたの生涯における運命の1本に出会えますことをお祈り申し上げます。

LENS Review 高山仁

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作例・サンプルギャラリー

作例は各製品詳細ページでご確認ください。

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製品仕様表

製品仕様一覧表 Nikkor 50mm F1.8D / Micro Nikkor 55mm F2.8

Nikkor 50mm F1.8DMicro Nikkor 55mm F2.8
画角46度43度
レンズ構成5群6枚5群6枚
最小絞りF22F32
最短撮影距離0.45m0.225m:接写リング使用時(倍率1倍)
フィルタ径52mm52mm
全長39mm70mm
最大径63.5mm63.5mm
重量155g290g
発売日1978年1980年2月

その他のレンズ分析記事をお探しの方は、分析リストページをご参照ください。

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  • この記事を書いた人

高山仁

いにしえより光学設計に従事してきた世界屈指のプロレンズ設計者。 実態は、零細光学設計事務所を運営するやんごとなき窓際の翁で、孫ムスメのあはれなる下僕。 当ブログへのリンクや引用はご自由にどうぞ。 更新情報はXへ投稿しております。

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