この記事では、シグマのArtシリーズより一眼レフカメラ用の35mm F1.4 DG HSMと、ミラーレス一眼カメラ専用35mm F1.4 DG DNの比較分析を行います。
さて、写真やカメラが趣味の方でも、レンズの仕組みや性能の違いがよくわからないと感じませんか?
当ブログでは、光学エンジニアでいわゆるレンズのプロである私(高山仁)が、レンズの時代背景や特許情報から設計値を推定し、知られざる真の光学性能をやさしく紹介します。
当記事をお読みいただくと、あなた人生のパートナーとなるような、究極の1本が見つかるかもしれません。
レンズの概要
SIGMAのレンズの中でも最上位シリーズであるArtラインは、2012年に一眼レフカメラ用として始まり、フルサイズカメラのミラーレス化に伴いリニューアルが始まりました。
当記事で比較分析を行う、SIGMA 35mm F1.4 Artの「DG HSM」と「DG DN」の2本のレンズは、近年のSIGMA交換レンズの最高位シリーズArtの旧製品と新製品に相当します。
SIGMA 35mm F1.4 Art「DG HSM」は、Artシリーズ開始された2012年に発売された最初の1本です。
当時はまだフルサイズミラーレスの登場前であり、この「DG HSM」はミラー有一眼レフ用のレンズとして開発されたものです。
一方のSIGMA 35mm F1.4 Art「DG DN」は、フルサイズミラーレス専用として2021年に発売されました。
今回の記事では、SIGMA 35mm Artがいかなる進化を歩んだのか、設計値を比較分析することでその真髄まで確認してみたいと思います。
それぞれのレンズは過去に分析しておりますので、各記事をご参照ください。
関連記事:SIGMA 35mm F1.4 DG HSM Art
関連記事:SIGMA 35mm F1.4 DG DN Art
私的回顧録
2012年から2021年までのカメラ業界を振り返ってみましょう。
コンパクトカメラを含むカメラの総売り上げのピークは2010年とされています。
2012年を売り上げ的に見ると、ピークの2010年に比較するとわずかに低下がみられるものの、いわゆる「踊り場」でまだまだ壮大な売り上げがあった時代です。
2012年以降、毎年30%程度づつ売り上げが低下すると想像していた人なんていたんでしょうか…
この年のランキング上位のカメラはNIKON D800、ソニーはまだAマウント機α99が注目された時代です。
今にして思えば、ミラー有一眼レフの”終わりの始まり”そんな年に「SIGMA 35mm F1.4 DG HSM」が発売となったのです。
なぜなら2013年になるとソニーからミラーレスα7が発売となり、2014年のα7IIで人気が決定的になり、フルサイズミラーレス元年となったのです。
しかし、ミラーレスが話題になるものの、2015年にはカメラの売り上げはピーク時の約半分となり、誰もが「カメラの売れない時代」をはっきりと認識し始めました。
技術的にも2017年には一眼レフカメラの進化にも明らかに停滞感があらわれており、高画素化も一般人にはもう十分な雰囲気となっていました。
一方のスマホのカメラは、劇的な進化と通信速度の高速化により日常の写真撮影には十分な画質とカメラより高い利便性を得られるようになりました。
ついに2018年にはNIKONなどもミラーレス化の方向へ舵を切りますが、2019年末から始まるコロナ禍の影響も重なり、没落の一途をたどります。
コロナにも慣れた2021年になりようやくだいぶ売り上げが安定し始め、半導体不足などの社会情勢にも左右されながらも少し息を吹き返したかに見えるカメラ業界ですが、そんな年に「SIGMA 35mm F1.4 DG DN」が登場となったわけです。
と、ものすごく簡単に10年ほどのカメラ史を振り返ってみました。
さて、SIGMAのプライドたる新世代Artレンズの役割とは何か、設計値から読み解いてまいりましょう。
!注意事項!
以下の設計値などと称する値は適当な特許文献などからカンで選び再現した物で、実際の製品と一致するものではありません。当然、データ類は保証されるものでもなく、本データを使って発生したあらゆる事故や損害に対して私は責任を負いません。
恥ずかしい話ですが、マンションの壁をカビさせたことがありますが、防湿庫のカメラは無事でした。
設計値の推測と分析
性能評価の内容などについて簡単にまとめた記事は以下のリンク先を参照ください。
光路図
上図、左側がSIGMA 35mm F1.4 DG HSM(青字)で、右側がSIGMA 35mm F1.4 DG DN(赤字) の光路図になります。
ミラー有一眼レフ用のSIGMA 35mm F1.4 DG HSMは、11群13枚、非球面レンズは最も被写体側の先頭の第1レンズと撮像素子側の最終レンズに配置し、色収差を抑制するための特殊低分散材料を5枚配置しています。
ミラーレス専用のSIGMA 35mm F1.4 DG DNは、11群15枚構成、非球面レンズを2枚(赤線部)、色収差の補正に効果的な異常分散ガラスを4枚配置しています。
比較すると、ミラー有一眼レフ用のDG HSMは、レンズと撮像素子の間隔が大きくあいており、ファインダーへ光を導くためのミラーを配置するスペースであるバックフォーカスを長く確保していることがわかります。
一方のミラーレス用DG DNは、レンズと撮像素子の間隔が詰まっていますが、シャッターなどの部材のスペースも必要ですから少し間隔はあけているようです。
中心(軸上)に結像する赤い光線を見ると、一眼レフ用のDG HSMはレンズの中央部で一度広がりながら再び集光するような経路となっていますが、一方のミラーレス用DG DNは多少広がるものの素直に集光しています。
一般的に無駄が無くきれいに集光するような光路となる方が、無理が無く収束できているので収差の発生も少なくなります。
一眼レフ用のDG HSMは、バックフォーカスの確保のために設計を無理していたことを感じますね。
ミラーレス用DG DNは、全長が短くなりましたが、レンズの枚数は2枚増加しており、小さくなりながらもさらに高性能化を目指していることがわかります。
フォーカシング方式
この2つのレンズは、単にミラーレス専用となっただけの違いだけではありません。
ピントを合わせるためのフォーカシング方式が異なることも大きな違いです。
図にフォーカシング方式を記入しました。
左図がSIGMA 35mm F1.4 DG HSM(青字)で、右図がSIGMA 35mm F1.4 DG DN(赤字)
ミラー有一眼レフ用のDG HSMは、レンズ系が前後の分割され後群でフォーカスするリアフォーカスタイプを採用しています。
撮影距離の変化に対し、収差が変動しないように多数のレンズを移動させています。
このタイプの難点としてはフォーカシングレンズの重量が重く、オートフォーカス用のモーターへの負荷が増大します。
各社とも、フラッグシップ系の上位レンズは超音波モーターというレンズ以外ではあまり聞かない特殊なハイパワーモーターを採用し、パワー不足を解消し高速なオートフォーカスを実現しています。
SIGMAでは超音波モーターを採用するレンズ名に「HSM」(Hyper Sonic Motor)の名称を付けています。
ただし近年この超音波モーターも要因となる、動画撮影中のピント合わせに関する2つの課題が問題となっています。
一つ目は、「像の揺れ」に対する問題です。
超音波モーターは、超高速1発動作でピント合わせるための駆動機構であり、その弱点としてハイパワーすぎて急反転などの動作が苦手です。
近年はカメラ側も改善しだいぶ目立ちづらくなりましたが、動画撮影のように常時フォーカスレンズが移動し続けるような動作をすると映像が前後に揺れたようになります。(ウォブリング駆動)
二つ目は、「騒音」の問題です。
超音波モーターは独特なコトコトした音が発生し、一般の写真撮影ならさほど気になりませんが、動画を撮影するとカメラのマイクが拾ってしまい問題になります。
この2つの問題も解決しているのが、ミラーレス専用DG DNレンズでもあるのです。
光路図を見ると、レンズ全系は前群、中群(フォーカス)、後群の3つに分割されたインナーフォーカス構造となっています。
中群のフォーカスレンズは、わずか1枚で構成され非常に軽量化されています。
これによって、ステッピングモーターのような動画撮影に向いた静粛で反転動作の得意なモーターを採用することができようになりました。
また、軽量なため低出力なモーターでも超音波モーターに劣らない高速なピント合わせが可能です。
さらに、インナーフォーカス構造は、騒音源であるフォーカス機構を前後のレンズ群でふたをした形となるため、騒音が漏れにくく録音されづらくなります。
しかし、1枚のレンズでのフォーカスは、撮影距離の変化に対する収差の変動を抑えるのが難しいはずですがどうしているのでしょう?
これには、全体としてのレンズ枚数を増加し、そもそもの収差をゼロレベルまで徹底的に除去することで「変動自体も無かった事にしてしまう」信じ難い力技(チカラワザ)で対処しているようです。
それでは、このレンズの光学性能をさらに詳しく分析して参りましょう。